テラウチマサト連載 網膜上の快感
第1回 「すみれ化現象」
一輪の美しい青い花、なんだ、菫か!


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あるコンサート。開場を待つ長い列。
後ろの会話が耳に届く。

男A「僕、ゲイだよ!」
テラ (ン?)
男B 「マジ!!何で、ここで、告る訳?」
男A 「君も、ゲイだと解ったから!」
テラ (オイオイ)

「今日、新しい靴下履いてきたんだ!」みたいに快活に爽やかに、後ろの二人が凄いこと話している。
振り向きたいという衝動にかられた!と同時に、眼が合ったときの気まずさや「あっ、いや僕もそうなので!」などと言い訳しそうな自分が怖くて、耳ダンボで次の会話を待った。

“????”とホテルの前の国旗みたいに疑問符が並ぶとき、人はその話に強烈に興味を示す。反対に「あっ、それね!」と言われたら話は終わる。
昭和の大評論家、小林秀雄は「見ることは喋ることではない。言葉は眼の邪魔になるもの」と書いた。「例えば、野原を歩いていて一輪の美しい花の咲いているのを見たとする。見ると菫の花だとわかる。何だ、菫の花か。言葉が心のうちに這入ってくれば諸君はもう目を閉じる」と小林は続ける。

答えが見えたと思われたとき、それに対する関心は薄れる。既に知ってることに人は興味を持たない。
「あいつのことなら良く知ってるよ」、こんなふうにいわれたら、興味を失いつつあると疑った方がいい。

「知ってる!知ってる!」と言われる事をすみれ化現象”と命名した。
写真にも “すみれ化現象”はある。
「アートフィルターで撮った写真だね」「梅佳代みたい!」「ソフトフォーカスレンズだね、この作品」etc。
答えが見えたと思った瞬間、人は思考を中断し、ちゃんと見ることを終える。ほんとは、菫の花びらのグラデーション、濃淡、花弁の形、解った気にならず黙って観察することこそ大切なのに。ミニチュアライズの写真だね!と、知った気になり、それ以上見ることを止める方もどうかとは思うけど、解った気になられたらもう終わり。賞味期限アウトだ!

男B「なぜ、ゲイって解ったの?」
男A「雰囲気!」
男B「ふぅーん、でもゲイはもうやめたんだ。いまは、十姉妹が可愛くて」
この2人の会話の、賞味期限は長い。

*十姉妹(ジュウシマツ)
スズメ目カエデチョウ科の鳥。10人の姉妹ではない。念の為。まっすぐなくちばしが特徴。羽色が豊富で、模様によって「一文字」や「時雨傘」、「更紗」、「京美人」など、特徴のある名前が付けられている。「十姉妹」という名は、一緒の鳥かごでもケンカが少なく、何十羽の親子・姉妹・兄弟が仲よくしていることから名付けられたのだとか。

テラウチマサト
写真家。1954年富山県生まれ。出版社を経て1991年に独立し、これまで6,000人以上のポートレイトを撮影。ライフワークとして屋久島やタヒチ、ハワイなど南の島の撮影をする一方で、近年は独自の写真による映像表現と企業や商品、及び地方自治体の魅力を伝えるブランドプロデューサーとしても活動中。www.terauchi.com

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