藤井ヨシカツの人生変わるヤミツキ写真集
vol.3: Alessia Bernardini「Becoming Simone」





――写真集アワード「Self Publish Liga」グランプリ作品


イタリアのミラノを拠点に活動する、
アレッシア・ベルナルディーニ (Alessia Bernardini)の写真集「Becoming Simone」。
この作品に興味を持ったきっかけは、今作が「Self Publish Liga」で
グランプリを獲得したという記事を見たのが始まりである。
「Self Publish Liga」とは、バルト三国の一国ラトビアの首都リーガの片田舎で毎夏開催されている
マスタークラスISSP(インターナショナル・サマースクール・オブ・フォトグラフィー)が、今年はじめて開催した写真集のアワードだ。

審査員のひとりには、ISSPで写真集制作クラスの講師を務めるテウン・ファン・デル・ヘイデンも名を連ねる。彼は世界でも指折りの写真集デザイナーあり、そのクラスに参加するには毎年とても高い競争率が待っているそうだ。
実はこのアレッシアもテウン氏のクラスを受講しており、修了後に制作したこの写真集で見事グランプリに輝いた。

余談だが、先日私が受講したReminders Photography Stronghold主催の手作り写真集制作ワークショップ(本連載vol.1参照)の講師、ヤン・ラッセルの写真集「Belgian Autumn」のブックデザインもこのテウン氏によるもの。写真の世界は案外狭いなぁなどと、一方的に彼に親近感を覚えている。


―――性同一性障害の苦しみを持つ主人公の、幾重にも閉ざされた扉を開けていく


さて、本作「Becoming Simone」は、性同一性障害を持って生き、51歳の時に性転換手術をして男性として生きることになったシモーネの物語である。
彼の本名はアンジェラ。シモーネとは、母親のかつて愛した男性の名前のようだ。
男性の心を持つシモーネが、女性の身体を持って生まれたことの苦しみを訥々と一人称で語っていく。

写真集は左右両側製本で、交互にめくっていく装丁になっている。単に奇をてらっただけのものではなく、主人公シモーネの心の奥底の、幾重にも閉ざされた扉を読者が徐々に開いていく感じを意図していることがわかる。これは、読者が感情移入するための導入としてとても重要な役割を果たしている。

ページを捲っていると、なにも唐突に51歳で手術を決断した訳ではなく、ずっと長い間苦しみ抜いた様が、自分の指先にジンジンと伝わってくる。
また、幼い頃の写真から現在の写真まで幅広く使用することによって、シモーネが年齢を重ねるごとに強くなる戸惑いや心の葛藤などを上手く描き出していて、終いには彼の心の叫びは大きなうねりとなってこちらに押し寄せてくるようだ。


――世界的アワードも注目した優れたブックデザイン


こうした非常に個人的で内省的な内容は好みの別れるところだし、また、よく見かけるテーマだという指摘もあるだろう。しかしそこに、優れたブックデザインという要素が加わることにより、これほどまでに作品は輝きを増すのだということを実感できる写真集である。

そして、これだけ手の込んだ本が30ユーロ。プリント付きのスペシャルエディションでも50ユーロという価格はいささか安すぎやしないか?とこちらが心配してしまうほど…
※30ユーロ:約4,119円/50ユーロ:6,863円/10月6日現在

なお、この写真集は「Self Publish Liga」グランプリにとどまらず、受賞はならなかったものの、ドイツ・カッセルで行われるInternational Photobook Festival のDummy Awardでも最終候補に選出されるなど、2014年を代表する自費出版写真集の一冊であることは、疑いの余地がないだろう。
 

藤井ヨシカツ / ふじいよしかつ
1979年広島県出身 神奈川県在住。東京造形大学で映像を学んだ後、ワークショップ「夜の写真学校」にて瀬戸正人氏に写真の基礎を学ぶ。写真家としての活動の傍ら、「東京で写真集を読む会」(Photobook Club Tokyo)を主宰。東京のみならず、日本全国で開催している。
また、「10×10 American Photobooks」でオンラインスペシャリストを務めるなど、その活動を拡げている。www.yoshikatsufujii.com

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