馬と人と猫の不思議な関係
津乗健太が撮る船橋競馬場の猫


千葉県船橋市にある、船橋競馬場の厩舎に暮らす猫を撮影している津乗健太さん。
厩務員(きゅうむいん)として馬の世話をしながら、
厩舎に出入りする猫たちを撮り続けてきました。
今年1月には、新しい写真集「人情船橋競馬場厩舎ネコ物語」を出版。
責任編集は、写真家の北井一夫さん(※)が手掛けました。
(※)木村伊兵衛写真賞の第1回受賞者

馬の側を自由に行き来する猫の姿は、競馬場でしか撮れない光景。
厩務員だからこそ撮影できたこの写真は、ユーモラスで、力強いものばかりです。
人に媚びず自由気ままに暮らす猫たちの魅力と、写真集に込められた想いなどを訊きました。

なんでもない場面を、なんでもなく撮りたい

――津乗さんは、馬の世話をする厩務員として競馬場で働かれていましたよね。なぜ、厩舎で働かれていて馬ではなく猫を撮影しようと思ったのですか?

津乗 意外かもしれないんですけど、厩舎に猫はつきものなんです。馬の餌や麦をねらって出るネズミを捕りに、猫が寄ってくるんですね。もちろん馬も撮っていたんですが、あまり特別なものは撮れていないような気がして。猫は図々しく動き回っていて、やっぱり面白い存在だったんです。思わずシャッターを切ってしまうような不思議な魅力がありました

photo:Kenta Tsunori

――競馬場に猫が多いとは知りませんでした。

津乗 もちろんいつも丁度よく猫が出てきてくれるわけではなく、面白い写真が撮れない時期がずっと続くこともあります。でも調子が悪くても、シャッターは切れるんです。ということは、自分の中に何か特別な気持ちがまだ残っているということなんですよね。その気持ちを信じて、とにかく撮る。カメラを持ってひたすらウロウロする。そうすると、猫がいいタイミングで現れてくれることがあるんです。

――待ち続けるのは大変ですね…。でも、だからこそ津乗さんの写真は、飾らない猫の自然な姿が写っています。

photo:Kenta Tsunori

津乗 僕は基本的には、なんでもない普通の場面を、なんでもなく撮りたいんです。さらっと自然に、気合を入れないで撮ったような写真が好きなので。でも、スランプの時は頑張って撮ろうとしていて、いつもとは向かう姿勢が違うんですけど、後から見るとこれもそんなに悪くないなと思うこともあります。猫はどう転んでも面白いのかもしれないですね。

 

パンクな厩舎の猫の生き方

――写真集を出版されましたが、その経緯を教えていただけますか?

津乗 北井一夫先生に写真を見ていただいたのがきっかけです。2、3年前に先生の『フナバシストーリー』という写真展に行った時に、はじめて会って挨拶させていただいて。その後、僕が去年の10月くらいに船橋で個展をやったんですが、それを北井先生が見に来てくださったんです。

去年の暮れにまた先生が個展をやっていて、その会場に見に行った時に、自分の作品をまとめた小冊子を渡しました。これ貰ってやってくださいという感じで。そしたら先生がビリケンギャラリーの方に、面白いよって薦めてくださって。それでギャラリーに写真を見てもらいに持って行ったら、ワイズ出版さんを紹介してくださったんです。なんだかトントン拍子に出版が決まりました。

――どんな写真が収録されているんでしょうか。

津乗 今までコニカミノルタプラザで個展を3回ほどやっているんですが、その今までの作品をまとめた総集編のような感じになっています。実は僕は細かいことを考えずに、北井先生にお任せして、そこから先生が新しいとか古いとか何も知らない中で選んだ47枚なんです。順番とかも全部決めてくださって。

――「人情船橋競馬場厩舎ネコ物語」というタイトルが印象的でした。

津乗 それも北井先生が考えてくれました。僕はずっと『楽しくなさそうにはしていない猫』という題名で個展をやっていて、それがすごく気に入っていたんです。ずっと競馬場の猫の写真に関してはそれしかないと思っていたんですけど、先生がつけてくださったタイトルが不思議としっくりきたんです。

photo:Kenta Tsunori

――表紙の写真には、人間と猫の微妙な距離が写っていて、「人情」という言葉もぴったりでした。

津乗 猫と人間のつかず離れずの距離感が出ているかなと思います。実は表紙の写真は、僕の中では二軍の写真だったんです。でも、先生が表紙に選ぶからすごくいい写真に見えてきて。長いこと撮ってきたものを人に料理してもらうというのは、新鮮でした。

photo:Kenta Tsunori

――北井先生のセレクトに驚かされることも多かったんですね。

津乗 そうですね。でも、不安に思うことは全くなかったです。何が正解か分からずに長い間やってきた中で、はっきりと先生が正解を突き付けてくださったような気がして。北井先生に編集していただくなんて軽々しく言える出来事じゃないと思って。のしかかるものが重いので、いい加減なことはできないなと日々感じています。

――津乗さんご自身のこだわりはありますか?

津乗 英語の翻訳にはこだわりました。写真集の中には、撮影場所と厩務員に関しての文章を3か所入れたんです。何も知らない人が見た時にどこで撮られたものなのかわかるように。その日本語の文章の下に、英訳が載っていて、その翻訳は僕の友人に頼みました。

出版社でいつもやってくださっている方がいたんですが、どうしてもその友人に訳してもらいたくて。その人は、僕が写真家になりたくて東京に出てきて、ビル掃除のバイトをしていた時期に知り合った人なんです。彼はずっとハードコア・パンクのバンドをやっていて。

なんだか僕の中で猫って、パンクなイメージなんです。だから彼はぴったりだと思いました。僕らしさを意識した翻訳にしてくれたみたいで、僕は正直英語はわからないんですけど、わかる人には面白い言い回しになっているのかなと思っています。

――猫がパンクなイメージというのは、どういうことでしょう?

津乗 ハードコア・パンクは、モヒカンみたいないかつい頭で、愛や平和を叫んだりするんです。野良猫は人に媚びたりしないけれど、思わず手を伸ばしてしまうようなところがありますよね。馴れ合わないのに、どこか可愛げがあって、人や世の中をわかってしまっているような気がして。あまりうまく説明できないんですけど、厩舎にいる猫の生き方とパンクは近いような感じがするんです。

photo:Kenta Tsunori

――確かに、津乗さんが撮られる猫は、家で飼われているものより野性味がありますね。厩舎にいる猫との距離は縮まるものですか?

津乗 何度撮影しても、あまり懐いたりはしなかったですね。いつでも姿勢を低くして、ゆっくり、じわじわと距離をつめていました。そこまで仲良くはならなかったんですが、猫が厩舎に居つくようになるので、ある程度判別はつきました。中には、蛇やネズミと戦ったりする猫もいたんです。北井先生も驚かれて、生きものと格闘している写真をとても面白がってくれました。

下のムクドリをくわえている写真もそんな1枚です。向こうから猫が歩いてくるタイミングで鳥が飛んで来たら、ジャンプしてバッと捕獲して。

photo:Kenta Tsuno

photo:Kenta Tsunori

――鳥をくわえている写真は、今まで見たことがないような瞬間で、とてもインパクトが強かったです。今は猫の写真を撮られている方も多いですよね。ご自身の写真は、他の方とどういうところが違うと思われますか?

津乗 僕は気づいていなかったんですが、よく人には「猫が汚くていいね」と言われます。厩舎の猫は、みんなあちこち歩きまわっているので体が汚れているんです。僕の写真はそのままなので。可愛い猫の写真は世の中に溢れているので、可愛くないけれど立派に生きる猫の姿は新鮮で面白いんじゃないかなと思います。

写真を撮る使命感を持っていた

――厩務員として勤めながら、猫を撮影し続ける、その原動力はなんでしょう?

津乗 やっぱり写真が好きだからですかね。それに、僕は写真を撮らなければいけないんだという使命感のようなものをずっと持っていました。自分は写真で抜け出せる人間なんじゃないかと思っていたんですね。

根拠も何もないんですが、写真に関しては手放しにそう思い込めていたところがあったんです。だから北井先生との出合いは、とても大きな力になりました。実は、去年一旦離れようと思って厩務員の仕事を辞めたんです。だから、最後に厩舎で撮影したものが写真集という形になるのは嬉しかったです。これからも写真を続けろと、強く背中を押してもらったような気持ちでした。

photo:Kenta Tsunori

――いいタイミングだったのかもしれませんね。これから先の津乗さんのお写真も楽しみです。

津乗 北井先生は、こんなに面白いテーマはないから撮らなきゃ損だ、これからもどんどん撮れ、と言ってくださるんです。厩務員を辞めてしまった今は、競馬場に行くのが少し気が引けていたんですが、最近は適度にいい距離を保てて、職場の人とも変に意識せず話せるようになりました。競馬場の中で写真集を売ってもいいと言ってくれたりして。だから、引き続き競馬場で猫を撮りたいなと思います。

今までは猫ばかり撮っていたんですが、馬が身近にいない環境になって、少し離れた距離から馬を見てみると、とても魅力的に映るんです。もしかしたら馬の写真も面白いのが撮れるかもしれない。また違った視点から競馬場を切りとれたらいいなと思っています。

photo:Kenta Tsunori

――この写真集をどんな方に見てもらいたいですか?

津乗 猫好きな人もさることながら、北井先生が編集してくださったので、写真好きな人も楽しんでもらえるんじゃないかなと思っています。それと、船橋競馬場をはじめ、馬の仕事のことにも少し興味を持ってもらいたい。今は写真集や雑誌、あるいは映画やテレビ番組も、次から次へと新しいものが出て、すぐに忘れ去られてしまいますよね。だから、じっくり、さっと流れていってしまわないように、この写真集をみなさんに長く楽しんでもらいたいです。

 

写真集「人情船橋競馬場厩舎ネコ物語」出版記念 津乗健太写真展は、
南青山ビリケンギャラリーにて、2月11日(日)まで開催。
図々しいけど愛らしい、厩舎猫たちをぜひ堪能あれ!

写真集『人情船橋競馬場厩舎ネコ物語』出版記念展  津乗健太写真展

場所:ビリケンギャラリー
会期:2018年2月3日(土)~2月11日(日)
時間:12:00~19:00(月曜休み)
地下鉄表参道駅B1出口より徒歩7分