撮り続けて気づいた、新たな写真家の可能性


テラウチマサトの写真の教科書vol.22の後編。
写真家は、写真を撮るだけではない。そう語るテラウチが目指す、新たな写真家像とは?

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写真家の新たな可能性

そして、もうひとつ考えたいのは、“写真家”という職業の中身について。
写真家としての仕事は、写真を撮る、発表する、写真集をつくる、写真展を行なう、そして時に自分の技術を誰かに語る。その範囲でずっとやってきたけれど、最近は機材も進化しあまりに簡単に写真が撮れるようになってきたために、従来写真家がやっていた分野の仕事を、写真好きの人やアマチュアの人もできるようになってきてしまった。それによって、写真家の地位が下がっている部分があるのかもしれないと思っている。

でも、一方で僕は最近よく考えていることがある。
写真家としての仕事は、果たして本当に、それだけに収まるのだろうか。写真家のいつも俯瞰してものを見る姿勢、あるいはもの言わぬ写真に感情を乗せるための工夫は、写真表現においてのみ意味のあるものなのだろうか。

写真には、文字がついていない。声もついていない。しかし、僕たち「写真家」は、こう撮れば、見ている人がこんな感情を抱くだろうということを知っている。
それは、---------
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