「ネコ写真」の第一人者、岩合光昭がタンザニアに移住してとらえた野生動物の比類なき迫力|飯沢耕太郎が選ぶ時代に残る写真集


岩合光昭『セレンゲティ アフリカの動物王国』朝日新聞社(1984年)

 岩合光昭は1950年に東京都足立区で生まれた。法政大学在学中の1970年に、父、岩合徳光の助手としてガラパゴス諸島と東アフリカを撮影し、以後、フリーの動物写真家として活動する。『アサヒグラフ』に連載した「海からの手紙」で1980年に第五回木村伊兵衛写真賞を受賞、『ナショナル・ジオグラフィック』の表紙を2回飾るなど、日本の自然写真をリードする存在となった。2013年からスタートした「岩合光昭の世界ネコ歩き」(NHK・BSプレミアム)が人気を集め、「ネコ写真家」としても知られる。2019年には初監督の劇映画『ねことじいちゃん』が公開された。

 岩合光昭は1982年8月から1年半、東アフリカ、タンザニアのセレンゲティ国立公園に妻と4歳の娘とともに移住して野生動物の写真を撮影した。前作の『海からの手紙』(朝日新聞社、1981年)は、30カ国以上を移動しながら撮影するやり方だったが、1カ所に定住することで、その地域の生態系全体を視野におさめた、より緻密なドキュメントをめざしたのだ。同時に、あらかじめ想定した通りの場面を撮影するのではなく、野生動物との距離を、時間をかけて少しずつ縮め、思いがけない瞬間を捉えた写真を撮ることが可能となる。1年半の間に撮影した写真は8300カット以上にのぼった。

 その成果は『セレンゲティ アフリカの動物王国』(朝日新聞社、1984年)、『サバンナからの手紙』(同、1985年)、『おきて』(小学館、1989年)の3冊の写真集にまとめられた。特に、26・5×37センチの大判写真集として最初に出版された『セレンゲティ』は、横長の画面にアフリカの大地がパノラマ的に広がるレイアウトで、日本の動物写真が国際的なレベルに達したことを証明する画期的な写真集となった。
 ライオンの交尾や仲間を襲う瞬間、草原を埋め尽くすヌーの大移動、チータの疾走など、決定的な場面を捉えた写真の迫力は比類がないが、それ以上に、岩合がこの写真集で「食物連鎖」という「年来の作品のテーマ」を具体的に打ち出していったことが重要だと思う。

 植物を食べる草食獣を肉食獣が捕らえ、その死骸は別の小動物、鳥、昆虫によって解体され、菌類によって分解されて大地に還る。それを栄養分にして植物が育つ―—という「食物連鎖」のサイクルには、むろん人間も組み込まれている。写真撮影を通じて、生態系の見えないシステムを明るみに出すような視点が、はじめて日本の自然写真に導入されたのだ。

 岩合は、その後も世界各地を飛び回って野生動物の写真を撮り続けるが、2000年代以降には「ネコ写真」の第一人者として広く知られるようになる。だが、彼の「ネコ写真」は、擬人化された可愛らしさを強調するだけではなく、彼らを取り巻く環境全体にしっかりと目を配って撮影されている。それらは、野生動物の撮影で鍛え上げた経験の蓄積を活かした、「生きものとしてのネコ」の写真群といえる。

飯沢耕太郎が選ぶ「時代に残る写真集」Vol.21
岩合光昭『セレンゲティ アフリカの動物王国』朝日新聞社、1984年

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