【本誌連載】私が撮れなかった写真 Vol.1鈴木光雄



――サラ・ムーンの肖像――

私がまだ、マレーシアで活動していた7年前のことです。所用で1週間ほど日本に帰国することになり、撮影のために六本木に出かけました。
昼過ぎに、東京ミッドタウンを歩いていると、地図を広げて見ている白人の初老の女性が立っていました。黒で統一された服と帽子、それに丸いサングラスをかけた品格のある方。「あれ、どこかで見たことがある人だな…」と思いつつ、声をかけると、「森美術館に行きたいのですが、ここからはどう行くのですか?」と尋ねてきました。美術館への行き方を説明していると、私が肩に下げているカメラを見て、「あなたはフォトグラファーなのですか?」と訊いてきたので、「そうです。私の作品のウェブサイトがあるので、よかったら見てください」と名刺を差しだすと、「ありがとう。実は私もフォトグラファーなのよ。サラ・ムーンって知ってます?」と、その方は私に尋ねました。

――感銘を受けた写真家に意を決して「撮らせていただけますか?」と尋ねると…

サラ・ムーンは、私がとても感銘を受けた写真家です。一度パリの写真展でお顔を拝見したことはありましたが、まさか、こんなところでお目にかかるとは驚きました。お話を伺うと、国立近代美術館で開催されたアンリ=カルティエ・ブレッソン展のオープニング・パーティーの為に来日したとのこと。結局、撮影はそっちのけで森美術館までご案内することに。美術館に行く途中、サラさんはガラスの壁面に水が伝って流れているのに気づき、「とても綺麗ね…」と背負っていたバッグを開けて、カメラを取り出し撮影をはじめました。サラさんの撮影に立ち会えるなんて、なんて光栄なことでしょう。サラさんが写真を撮り終えた後、失礼かな、と思いつつ、「もしよろしければ、貴方を撮らせていただけますか?」と訊いてみると、「昨日、日本に着いたので疲れているし…ごめんなさい」と返事でした。「気分を害されたのなら、失礼しました」と言うと、「いいえ、いいのよ」とやさしい言葉を返してくださいました。

――そのとき奇跡が!偶然と思う出来事は実は必然なのだと実感した瞬間

一緒に美術館でル・コルビュジェ展を見て、チケット代のお礼にと、展望台のカフェでコーヒーをごちそうになることに。フィルムやカメラや作品について話をしていると、突然サラさんが、「夕日でできた貴方の影がとても綺麗。そのまま動かないでね」と言い、私の影を撮りはじめました。影だけですがサラさんのモデルになるなんて大変光栄なこと! 私はふと思いたち、「もしよろしければ、私も貴方の影を撮らせていただけますか?」と訊いてみると、「良い考えね、もちろんOKよ!」。私がカメラを構えるとサラさんは「どんなポーズがいいかしら?」と色々なポーズをとってくれました。たしかに夕日で出来た影はとても綺麗でポーズに合わせて数枚シャッターを切りました。サラさんのポートレイトは撮れませんでしたが、影の写真を撮ることができたのです。作品にとても感銘を受け、自分の作品制作において深く影響を受けた方と、こんな出合いをして、しかも2人きりで長い時間を過ごすこととなるとは不思議なものです。この出合いがあってから、偶然と思う出来事は実は必然なのだと、つくづく実感しています。

鈴木光雄 / すずきみつお
写真家。1995年に独立し、2006年よりマレーシアにて広告やファッション、エディトリアルなどの撮影を行う。2010年より東京を拠点とし、広告の撮影のほか国内外で作品の展示販売を行っている。

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