プロフィール

PROFILE

安田 菜津紀 Natsuki Yasuda

1987年神奈川県生まれ。NPO法人Dialogue for People(ダイアローグフォーピープル/D4P)所属フォトジャーナリスト。同団体の副代表。16歳のとき、「国境なき子どもたち」友情のレポーターとしてカンボジアで貧困にさらされる子どもたちを取材。現在、東南アジア、中東、アフリカ、日本国内で難民や貧困、災害の取材を進める。東日本大震災以降は陸前高田市を中心に、被災地を記録し続けている。著書に『写真で伝える仕事 -世界の子どもたちと向き合って-』(日本写真企画)、他。上智大学卒。現在、TBSテレビ『サンデーモーニング』にコメンテーターとして出演中。

 

オフィシャルサイト

https://d4p.world/

インタビュー

INTERVIEW

作品

照らす 生きた証を遺すこと

東日本大震災から10年。亡くなった方々の生前の姿を伝えてくれたのは、その方が日常の中で使っていた品々や、身近な方による追憶の言葉でした。足跡をしるす何かに触れる度、その人は何を大切に暮らし、どんな生き方をしてきたのか、私自身も思いを巡らせてきました。この写真展のタイトルは、亡くなった息子さんのことを語ってくれた方の「生き方が表れていないと、死が照らし出せない」という言葉から考えたものです。東北をはじめ日本国内の取材で出会った方々の、身近な方が遺したものを写真で照らし、改めて生きた証を刻みたいと思っています。

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盛土の仮置き場となった県立高田病院跡地。遺影の母に満開の菜の花を見せる佐藤慧。

佐藤淳子の使っていた車ごと持ち帰るわけにはいかず、ナンバープレートだけを遺品として取り外した。

激戦地となった沖縄本島南部、糸満市。壕の中で遺骨を探す具志堅さん。

壕の中から見つかった指の骨。入り口から火炎放射器で攻撃されたと見られ、周囲で見つかる遺骨はどれも炭のように黒い。

賢人くんが履いていた靴には、懸命に歩く練習をしていた痕跡が残されていた。

ここにはかつて子どもたちの日常があり、笑い声が響いていたのだということを、敏郎さんは大切に語り続けている。