関西御苗場2017 受賞作品③ レビュアー賞
プロアマ問わず、誰でも先着順で参加できる写真展イベント「御苗場」。
21回目となる御苗場は、2017年9月15日(金)~17日(日)の3日間、
大阪の海岸通ギャラリー・CASOにて開催。
100を超えるブースのなかから選ばれた作品を紹介します。
杉山武毅 選 (Gallery TANTO TEMPOディレクター)
上村千恵子
「誤解を恐れず言うと」
結婚した当時、『家でいつもどんな会話をしているの?』と度々聞かれることがありました。
日常の他愛もない会話は他人に話しても面白くありませんが、写真なら、その質問に答えられるのではと思いました。
ある日のこと。とても悲しい出来事がありました。
言葉にすることが恐ろしくなる程の暗い感情。
それを心に棲まわせたまま、シャッターを切りました。
あがってきたフィルムには、その日の記録と、少し前の旅の思い出が共棲していました。
対照的とも言えるふたつの出来事ですが、同じフィルムに記載された一続きの毎日。
振り返った瞬間過去になり、時間は前にしか進まないのだと思いました。
『誤解を恐れず言うと』 タイトルでもあるこの言葉は、
喧嘩になる少し前、あるいは最中に夫が使う言葉です。
”今から言うことはあなたを傷つける可能性があります。でも、誤解をせずに聞いてください”
前置きがあるおかげで、真意を汲み取る意思を持つことができますが、大きな矛盾を感じる言葉でもあります。
言い回しに多少の違いはあれ、昨今多くのシチュエーションで使われています。
誰かを不用意に傷つけないため、そして自分を守るため。
意味の落としどころを相手に委ねることができる、曖昧で便利な言葉です。
タイトルを決める時、英訳することを考えました。
しかし、ピッタリとくる言葉を見つけることができなかったのです。
コミュニケーションを図る時、空気を読むことに重点を置く、日本人ならではの文化なのかもしれません。
例に漏れず、わたしも空気を読みたがる日本人のひとりです。
言葉が苦手なので写真を選びました。
きっと、どこにでもある毎日です。
何か特別なことがあればいいのに、と思うことがありますが、大抵がそうではありません。
誰かと一緒にいる嬉しさと悲しさ。幸せなこと、つらいこと、どちらでもないこと。その繰り返しで毎日です。
写真になれば、ほんのちょっぴり愛おしい。
そんな日々が道になって、今日という日まで続いてきました。そして、これからも。
そのどこにでもある毎日を、必死に、適当に、どうでもよく、生きていけますように。
■question
――この作品で伝えたいことを教えてください。
いいことも悪いこともどちらでもないことも並列で、それが毎日だということです。映画やテレビに感化されて、毎日を特別に必死に頑張ろう、と思うこともありますが長く続きません。無作為に過ごす時間の方が多いです。何もない日々がかけがえのない日々だとも思えないし、もしそうだとしても、それを気づけるのはずっと先(一生が終わる時)だと思うのです。その目的に向かって続いていく道が、今の毎日。写真はそれを確認するための手段のような気がします。
――作品を作る上で苦労したことはありますか?
被写体がとてもパーソナルなので、作品として観るときに客観的になることに苦労しました。自分は撮った時間や環境を覚えているので、写真を分けてみる、ということが難しかったです。
――作品に対する熱い思いを語ってください!
もともと作品にするつもりがない日常の記録でしたが、とてもつらい出来事をきっかけに、最初は報復のようなつもりで作品づくりを始めました。でもそれは写真の作品と言えるものではなかったので、改めて自分にとって写真での表現とは何か、言いたいことは何か、など向き合って考えることができるようになりました。つらいこともいいことも写真があるから向き合って処理できる。写真があってよかったな、と思います。
――今後目指していることなどあれば教えてください。
大きなところで展示をしてみたいと思いますし、写真集などをつくってたくさんの人に見てもらいたいです。
選考理由:
上村さんの写真の特徴は、抑制的なトーンに物語を落とし込んで、語りが必ずしもハッピーストーリーではないことをまずは示しながら、男性(のちにご主人だと明かされる)の肖像、その周辺をありのままに描いていることだろう。イメージは怒りや悲しみ、喜びなどの感情の起伏を観覧者にあえて伝えないように注意深く選ばれている。ところが、作者のステートメント(印刷物ではなく口頭での語りだった)によりトーンが抑制的な理由が明かされると、全ての写真に意味があることがわかってくる。家族に降りかかるトラブル、幸福だけとは限らない暮らし。上村さんの暮らしの小さなストーリーには、多くの家庭が抱える問題やそこにどう向き合うかの作家自身の願いが含まれていて、み終わった後ちくちく心が痛んだ。編集、構成にはまだ課題がある。ステートメントもしっかりしたものをつくっておきたい。だが、現代写真の特徴でもあるパーソナル写真のストーリーテラーとして、その可能性は大きいと感じられた。
1983年大阪府生まれ。東京都在住。