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写真家の肖像 赤城耕一「写真家による写真家コレクション」


TALK&PHOTO:赤城耕一

1961年東京生まれ。東京工芸大学短期大学部写真技術科卒。エディトリアル、広告での撮影に携わるほか、各誌のカメラ雑誌、Webでのメカニズム記事、ハウツー記事などを寄稿している。カメラは戦前のライカから、最新のデジタルカメラまでを広くカバーして論評している。ライカ歴は30年以上。最初のM型ライカはM2。「アサヒカメラ」(朝日新聞出版)で「銀塩交遊学」、「カメラマン」(モーターマガジン社)で「ボケてもキレても」を連載中。著書に「定番カメラの名品レンズ」(小学館)「レンズ至上主義!」「銀塩カメラ辞典」(ともに平凡社)最新刊は「中古カメラはこう買いなさい」(玄光社・共著)。

TEXT:伊藤亮介

 写真家が写真家を撮るっていうのは少し変な話なのかもしれないけど、僕は写真を撮る人がみんなどんな表情をしているのか、とても興味がありますね。写真家は黒子であって、ふだんはあまり表に出てこないもの。顔が出てくるようになったのは、つい最近のことのような気がします。昔はそんなに顔出しすることはありませんでしたから。

 自分の姿を撮られるのを嫌がる写真家は結構いました。かの有名なアンリ・カルティエ=ブレッソンも嫌いだったらしく、彼のポートレイトは意外と残っていません。でも自分の姿を隠してたからこそ、いいスナップが撮れたのかも。木村伊兵衛さんも同じで、あまり枚数を撮らせなかったと聞いています。以前、立木義浩さんには「写真家はあまり表に出ない方がいい。なぜなら街で写真を撮りづらくなるから」と言われたことがありますね。

濱谷浩
(はまや ひろし)

 日本のフォトジャーナリズムの大家として知られる濱谷浩先生。いつも着物を着ている、とてもお洒落な方でした。これを写したのは20年近く前で、先生の晩年の頃。「カメラを持った姿を撮らせてください」とお願いしたのですが、それは叶いませんでした。でも着物姿は、写真家というより文筆家みたいでカッコいいですよね。先生の『濱谷浩写真集選』は実に素晴らしい写真集なので、ぜひ一度見てください。とにかくすごいですから。

内藤正敏
(ないとう まさとし)

 写真家だけど、研究家でもある内藤正敏先生。とくにミイラ研究の分野では著名な方です。内藤さんが構えているニコンFには、21mmレンズがついています。このレンズは後ろが出っ張っているため、カメラはミラーアップした状態で撮影しなければならない。でも、そうするとファインダーが見えないので、内藤さんは外付けのファインダーを装着していました。多少余計なものが写るけど、それがまた楽しいって言っていましたね。

セバスチャン・サルガド

 ブラジルの報道写真家、セバスチャン・サルガドさん。彼を撮影しようとしたら、サルガドさんも僕を撮ると言い出しました。だからこの写真には、彼がシャッターボタンを押し込んでいる姿が写っているでしょ。きっと彼のポジには、世の中に出ることのない僕の馬鹿面も写っているはず(笑)。意外とカメラ好きで、あのレンズはどうだとか、アスフェリカル(非球面レンズ)はグッドだよ! とか、そんな話をしたのが思い出されますね。

沢渡朔
(さわたり はじめ)

男前の沢渡朔先生。10年くらい前に撮影した写真ですが、先生は今も体型や髪型が全然変わっていません。昔、『季刊クラシックカメラ』という雑誌があって、カメラメーカーごとに特集を組んでいました。これはペンタックスの特集の時に撮った写真。沢渡先生はペンタックスがお好きで、645判とか67判を使っていました。実はこの写真、沢渡先生のカメラをお借りして撮らせてもらったものなんですよ。

鬼海弘雄
(きかい ひろお)

浅草の浅草寺を撮っている鬼海弘雄先生。隣の年配の女性は、鬼海先生の写真集によく登場する、浅草寺で鳩に餌をあげている人です。先生の撮影は、知らない人にいきなり声をかけて撮るのではなく、その前哨戦としてまずこの女性を撮って勢いをつけるっていう感じでしたね。 どうやってアプローチしているのか興味があったので離れたところで見ていたら、結構断られていましたよ。俺はがっかりしないよ、って言ってましたけど(笑)

柳沢信
(やなぎさわ しん)

メカニズムの大家である柳沢信先生。もう亡くなりましたが、このカットを撮影した時は手術後で声が出ない状態だったので、筆談でやり取りしました。ところでシャッターを押す時って、みなさんもたいてい息を止めて撮りますよね? 柳沢先生は「手術の影響で息を止めることができないから、もう写真は撮れない。だから健康には注意しろよ」と仰ってました。その言葉に、写真を撮る行為は体と連携してるんだなって思いましたね。

渡辺義雄
(わたなべ よしお)

JPSの二代目会長の渡辺義雄先生。「今日はなんでしたっけ?」っていうのが先生の口癖。地下1階にある6畳くらいの渡辺先生の事務所で撮影しましたが、周りが寄贈された写真集でいっぱいでひとりしか入れないような場所でした。この取材が終わってから、後日撮影した写真をプリントして持って行ったら、「焼きが悪い。黒はもうちょっと出るはずだ」と言われてしまいました(笑)。なので、もう一度焼き直してお渡ししましたけど。

植田正治
(うえだ しょうじ)

一般の方にも人気がある、ダンディーな植田正治先生。「先生が撮影しているシーンを撮らせてください」って言ったら本気で撮り始めちゃって、もう周りのものが見えない状態。「先生!」って声をかけても駄目なんですよ。そんな姿を見て、先生の集中力ってすごいなあ、って感動しました。もうお亡くなりになりましたけど、今もいてほしい写真家です。「スランプに陥ったときにはカメラを変えろ」という先生の名言が心に残っています。

十文字美信
(じゅうもんじ びしん)

コマーシャリズムの大家、十文字美信先生。元々は篠山紀信さんのアシスタントだった方で、篠山さんに「君はもう来なくていい」って言われるくらい優秀だったそうです。当時、横浜にあった一軒家の事務所に行くと、応接間みたいなところに人が並んでいました。歯医者さんみたいな感じで。なんだろうと思っていたら、それが仕事の依頼で来ていた人たちと知ってビックリ。「次の方、どうぞ」なんて、僕も言ってみたいですね(笑)

高梨豊
(たかなし ゆたか)

寡黙な高梨豊先生は、写真を撮っている時に人を寄せ付けないような雰囲気があって緊張しました。先生はコマーシャルをやりながら、自分の作家性を打ち出してきた方。「今日の仕事は食いがいか、生きがいか、どっちだ」っていう有名な言葉を、高梨先生からも聞いたことがあります。自分の好きなものだけ撮っていると、最初はお金にならない。だから遊びと同じだという見方もありますが、でもそれがなくなってはいけないですよね。


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