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たった3年間で写真集の完成度は変わる。木村伊兵衛写真賞の受賞作家・川内倫子『うたたね』|飯沢耕太郎が選ぶ「時代に残る写真集」Vol.16

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3月は木村伊兵衛写真賞が発表となる季節。17年前の2002年に受賞したのは、いま、日本国内のみならず、世界で高い評価を受けている川内倫子だった。その受賞対象作のひとつである写真集『うたたね』(リトルモア)には、実はその原型となった、手製本の『うたたね』があった。当時、写真展の会場でポートフォリオを購入したという飯沢耕太郎が、手製本から写真集発刊までの3年間に写真家として大きく成長した川内のまなざしと写真の魅力について語る。

川内倫子は1972年、滋賀県に生まれた。成安女子短期大学でグラフィックデザインを学んだ後、写真に取り組み、1997年に第9回写真ひとつぼ展でグランプリを受賞する。2002年に『うたたね』ほかで第27回木村伊兵衛写真賞を受賞。以後順調にキャリアを伸ばし、2009年にアメリカ・ニューヨークのICPが選定する第25回インフィニティ・アワードを受賞するなど、日本を代表する写真家として、国際的にも高く評価されるようになった。

川内倫子は、2001年に『花火』、『花子』とともにリトルモアから刊行した『うたたね』で、翌2002年に第27回木村伊兵衛写真賞を受賞した。日常生活の断片を柔らかなトーンで切りとり、6×6判のカメラの真四角のフレームに封じ込めたこのデビュー写真集は、文字通り、川内の写真家としてのイメージを決定づける1冊となった。

「うたたね」というタイトルと、表紙に使われたタピオカをスプーンで掬い上げる場面を撮影した写真を見ると、「優しさ」、「安らぎ」、「浮遊感」といったキーワードが頭に浮かぶ。だが、写真集のページをめくっていくと、そのようなイメージを覆すような写真が、かなり多く含まれていることがわかる。

実は、川内倫子は1997年に写真ひとつぼ展でグランプリを受賞し、翌年にやはり『うたたね』というタイトルで受賞記念の写真展を開催した。その時に、折り畳んだページに写真を並べていく、経師本の形式(じゃばら形式)のポートフォリオもつくっていた。

その、やはり『うたたね』と題されたポートフォリオと、3年後の写真集を比較すると大きな違いに気がつく。ポートフォリオでは「水」のイメージを基調として、写真同士が互いに緩やかに結び合うように流れていくのだが、写真集では次のイメージが予測できないほどに、ぶつ切りにされた写真が並ぶ。


特に目につくのは、燃え上がる炎、割れたスイカの赤い果肉、乱雑に積み上げられた自転車、横たわる鳩の屍骸から流れる血といった、見る者の予想を裏切るような、激しく、破壊的な写真群である。

つまり、川内は1997年のポートフォリオと2001年の写真集の間に写真家として大きく成長し、生と死の世界を自在に行き来するような作品世界を確立したということだ。その伸びしろの大きさ、成長のスピードには驚くしかない。


その後も着実に写真家としての歩みを進め、『AILA』(フォイル、2004年)、『Illuminance』(Aperture/ フォイル、2011年)、『あめつち』(Aperture/ 青幻舎、2013年)、『Halo』(Aperture/ HeHe、2017年)といった、みずみずしく、スケールの大きな写真集を次々に刊行し、インスタレーションに工夫を凝らした写真展を国内外で開催し続けている。

飯沢耕太郎が選ぶ「時代に残る写真集」Vol.16
川内倫子写真集『うたたね』

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