静かなる革命 インベカヲリ★という星型多面体


インベカヲリ★写真集『ふあふあの隙間』①②③

text:万里(Madeno)
本記事は、写真評論家のタカザワケンジさんによる文章講座「写真展・写真集の感想をSNSで書くための文章講座(第一弾)」で優秀作品に選ばれたインタビュー記事です(インタビューは2018年11月30日に講座内で実施)。筆者プロフィールはこちら

 
インベカヲリ★は喫茶店で取材相手を待つ。机には100均で売っているような大学ノート。表紙にはおそらくノートの通し番号と思われる数字が書かれている。

21歳からこのノートたちに、人々の語り、降りてきた撮影プラン、象徴するフレーズなどを書き連ねてきた。「鳴かず飛ばずの時期が長かったんで」と自ら語る過去。そうした時代にも、このノートを書き、フィルムカメラで撮ることは止めなかった。

モデル募集
■都内に出て来られる方限定で、写真の被写体になってくれる方を募集しています。女性であれば、年齢は問いません。
■外での撮影や、脱ぎの有無などは、モデルさんが希望した場合、許可した場合のみ行っています。
■メールには、お名前、年齢、学年または職業、お住まいの地域と、自分はどういう人間だと思うか等の自己PRを書き、顔写真を添付してお送りください。
(インベカヲリ★のウェブサイトより一部抜粋)

共犯関係の結びとして生まれるポートレイト

インベカヲリ★が写真を始めたのは2001年のこと。最初は自分のウェブサイトにアップしたセルフポートレイトが主だったが、すぐにモデルを募るようになる。
 応募してきた人の話を聞き、セットアップした人物写真を撮ってウェブに掲載するスタイルはすぐに定まった。ごく初期を除いて対象者は女性。彼女たちは非日常的な状況に置かれ、特異なポーズを取る。それは応募してきた女性のインタビューに基づいて、共犯関係の結びとして生まれる、演劇的な要素を含むドキュメントである。

 「人は一見不合理に見えるものを求めることもあると思います。無意識に破滅を求めてしまう人もいると思います」「表面的に、こうありたい、こうあるべきと思っているものの奥底に本当に求めているものを見つけたとき、『これがこの人が人生でイイタイコトなんだ』そう感じたとき、私は『わぁ!』と思って写真にしようと思うんです」。

だれにも理解されない時代にやり続けるということ

 やがてその写真を出版社に持ち込むようになる。
 「こういうポートレイトは良くない。作り込みすぎ。ナチュラルに撮るべき。自然なポートレイトを撮れるようになったら見てあげてもいいよ」。
 返ってきたのはほとんど同じ反応。99%が否定だった。

 「日常のまま、作為なく撮ることが本当に自然なんだろうか?(いいえ違う)」。
 自分のスタイルを変えることはなかった。非日常においてその人の日常を引き出す。そのスタイルで少しずつ可能性を広げてきた。 

 取材ノートのナンバリングが100に達した時、インベはその数字をリセットして1に戻した。2007年のことだ。その年、初めての個展を新宿ニコンサロンで開催している。

 個展や写真集の出版。「これで写真家としての人生が開けるはず」、そうインベは考えた。しかし状況はなかなか変わらなかったという。
 「どうしたらもっと上に行けるのか、自分に何が足りないのか、さっぱり分からない。これだけ力があるのに。」「だれにも理解されない時代にやり続けるって自分に自信がないと出来ない。自分が一番自分を信じている。誰よりも自分を評価している」。

猫の虐待死事件からインスピレーションを受けた『理想の猫じゃない』

インベカヲリ★写真集 『理想の猫じゃない』

 2018年4月、インベは銀座ニコンサロンで個展『理想の猫じゃない』を開くことになる。
 写真展のタイトルは北九州で起きた猫の虐待死事件の犯人の供述を元にしている。高校の臨時教職員だった男は「理想の猫ではないから殺した」と主張。「呼んだらすぐにやってきて、体を触らせて、きちんとトイレをするのが理想の猫だ」と述べたという。 

 インベは犯人の犯行動機に深いインスピレーションを受ける。
 ”理想”でないからという理由で動物に虐待を行うことは良くない。でもそれは人に対して意識されることもなく広く行われていることではないだろうか?
 たとえば学校における教師が生徒に対して”理想”の生徒であることを抑圧的に求めることは肯定されてきたのではないだろうか?動物に行うと否定されるのに、人に同じように理想を押し付けることが肯定されるのはなぜだろうか? 
 この事件と犯人はそうした問いかけをしているように感じられたのだという。

 この展示でインベは40年以上の歴史のある写真賞・伊奈信男賞を受賞する。そして同じ年の12月に開かれた受賞記念の展示で、これまでほとんどやってこなかったスタイルを試みることにした。写真と一枚ごとのタイトル、そしてテキストを組み合わせて配置することである。

 「写真と文章を同時に使うことはしてこなかったんです。使う頭がぜんぜん違うから」「文章を付けたことでぱっと開けた気がする。言葉で説明することの重要性をこの何ヶ月か改めて感じています」。

 インベカヲリ★は、一見、ひとつのキーワードで解き、語ることができそうな気配を与えるかもしれない。しかし知れば知るほどそれは誤謬であることに気づく。なぜなら、インベは最初から複雑な面を持つ星型多面体として誕生し、さらに転がり続けながら形を変化してきたからである。彼女は、この展示で、さらに新たな面を獲得しようとしている。