静かなる革命 インベカヲリ★という星型多面体


フェミニズムと制作への欲望

 インベの持つ、フェミニストとして面についても聞いてみる。
 「フェミニズムの視点で作品を見られることはあってもいいし、個人を表現していればそこに触れる部分は必ず出てくるんですけど、ことさら私がそういう視点で作品を主張したいわけではないんです」「私は、一方を否定するというやり方はしないので、アプローチの仕方としては反対意見に光を当てます」。

 ただ、インベに深く刻まれた本について聞くうちに、フェミニズムと彼女の創作の欲望がつながっていることが見えてくる。強く影響を受けた本として語られたのは、1960年代アメリカで書かれた、女性解放運動の指導者ベティ・フリーダンによる古典的な名著『新しい女性の創造』だった。
第二次世界大戦後の黄金時代のアメリカ、その郊外住宅地。そこに住む専業主婦が次々に精神障害になっていく有り様をその当事者の一人だったフリーダンが書いた本である。インベはそこに今の日本がまさに見えるという。

 「私自身は、写真や文章など表現者という以前に、フェミニズムの影響も多少は受けているんですね」
「”ふつう”の家族は一軒家を買って、車や家電を買って、ご飯を手作りして、いかに愛情を込めて家事をやるかというパフォーマンスが専業主婦の”幸せ”。同じくらいの収入、同じ家族構成の人が集まって、毎日同じことを繰り返していく、これが世界の”幸せ”の象徴ですよ。
でも『私はこんなに”幸せ”なのになんでこんなに絶望しているんだろう』と感じている人たちが居て、それがいかに企業戦略のもとにイメージが作られているのか」
「写真集『理想の猫じゃない』というタイトルもまさにそうですけど、”理想の猫”に当てはまるとみんなから羨ましがられて、きっとなんて素晴らしい人生を送っているんだと思われるかもしれないけど、思われるから逆にその人達の空虚さは伝わらないというか、それが間違っていることに誰も気付かないというか、そういうことを知らされた本でした」。

多様な価値観が受け入れられる世界を目指して

 
 写真家、ジャーナリスト、インタビュアー、カウンセラー、フェミニスト。しかしインベカヲリ★という多面体の中で最も濃厚なのは実はアクティビストという機能かもしれない。

 「結局は自分の過去が出発点になりますよね。”ふつう”でいる以外の選択肢はなかったので。作品を通して、どういう世の中にしたいか、どういう流れに社会を持っていきたいかということは常に考えてつくっています」
「被写体のことを考えれば、写真家として作品が評価され続けなければならないというプレッシャーはあります」
「私が写真を通してやろうとしているのは、こっち側の世界、つまり多様な価値観がそのまま受け入れられる世界を押し広げること。つくろうとしてるのは他の誰でもなく、私自身が住みやすい世界。今、『そこに向かってもいいよ』という道が少しずつ開けて来ている気がしています」。

 捉えられるようで、捉えることが出来ない、星型多面体としてのインベカヲリ★。
 彼女が写真を始めて17年経った。今もインベの手元にある取材ノートは増え続けている。100で一度リセットした通し番号、今携えるノートの表紙には油性マジックで数字が「180」とだけ記されている。

万里(Madeno) 写真家/テレビ番組ディレクター

放送局でテレビ番組ディレクターとして、情報番組・ニュース番組・ドキュメンタリーを中心に現場主義で、取材・企画・制作活動を続けている。2008年から写真を用いた作品制作に取り組み始める。2014年写真展「窓 −Our Windows−」(東京 エプサイト)、2015年スライドショーセッション「消失の彼方へ」(東京 ガーディアンガーデン)、2015年ラトビアの国際写真教育プログラムISSP参加(Jim Goldbergクラス)をはじめ、国内外での展示、手製のアーティストブックの作成、スライドショー作品の発表などの活動を行う。 近年はワークショップデザイン、リノベーションまちづくり、ポスト・ドキュメンタリー時代の映像・演劇・パフォーマンスなどにも越境し関心を深めている。 写真作品制作と映像ジャーナリズムでの経験で培った、撮影、編集、取材、インタビュー、文章執筆などの技術を元に、活躍の場をさらに広げようとしている。2018年から東京藝術大学・大学院・映像研究科主催のプログラム「geidaiRAM」研修生としても活動中。Webサイト:www.madeno.net

あわせて読みたい

タカザワケンジ文章講座 第1回 自分にとっての写真の「師」をつくれ!

第43回木村伊兵衛写真賞受賞、小松浩子のインスタレーションをたどる