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岩根愛さんが木村伊兵衛写真賞を受賞!その理由を探る| 飯沢耕太郎 時代に残る写真集

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本年度の第44回木村伊兵衛写真賞は、岩根愛さんの写真集『KIPUKA』(青幻舎)と個展『FUKUSHIMA ONDO』(Kanzan Gallery)に決まった。選評を読むと、一次審査の時から「圧倒的」に評価が高く、最終審査でもすぐに決まって「時間をツブすのに苦労したぐらい」(ホンマタカシ)だったという。では、何が決め手になったのだろうか。

岩根愛さんは1991年に渡米して高校に留学し、帰国後、写真家を志して音楽関係の雑誌などで仕事をしていた。ハワイの日系移民を集中して撮影し始めたのは2006年からで、彼らが毎年夏に盆踊り(BON DANCE)で唄い踊るFUKUSHIMA ONDOの元歌が、福島県の相馬盆唄なのを知ったことが、今回の「KIPUKA」シリーズ制作のきっかけになった。「KIPUKA」というのは現地の言葉で、溶岩の上に植物が芽生えて生長する「新しい命の場所」のことだという。

その後、2013年からは福島県三春町にも拠点を持ち、「移民を通じたハワイと福島の関連」をテーマに撮影を続けた。写真集の中にも三春町の盆踊りや東日本大震災の被災地の光景の写真が入っている。このように、10年以上の時間をかけ、粘り強く、厚みのあるドキュメンタリーに仕上げていったのが、受賞の最大の理由だろう。

だが、それだけではない。『KIPUKA』におさめられた盆踊りのシーンの写真は、ハワイは赤い色で、福島は青い色で処理されている。カラーフィルターを使って、それぞれの風土性やその場での自分の感情のあり方を表現しているのだ。また、ハワイと福島のパートをつなぐ位置には、サーカットというよくハワイの写真館で使われていたというパノラマカメラで撮影した写真を挟み込んでいる。単純なドキュメンタリーではなく、岩根さんと被写体との重層的な関係性を、あえてフィクション的に構築しているところに、『KIPUKA』の新しさがある。写真集の編集・造本設計を担当した町口覚さんが、そのあたりの意図を汲みとって、見事な造本の写真集に仕上げたのも大きかったと思う。


このところの木村伊兵衛写真賞の受賞対象となった作品を見ると、以前のように写真集だけではなく、写真展も取り上げられることが多くなってきている。岩根さんも、銀座ニコンサロン、Kanzan Gallery、KANA KAWANISHI PHOTOGRAPHYの3カ所で、「KIPUKA」の写真展を開催した。写真集と写真展の合わせ技という発表の仕方も、すっかり定着したようだ。

また、昨年の藤岡亜弥さん、小松浩子さんに続いて、今回も女性の受賞者だったわけだが、これは「たまたま」ではないだろうか。たしかに東京都写真美術館で個展『ヒューマン・スプリング』を開催した志賀理江子さんや、写真集『理想の猫じゃない』(赤々舎)で話題を集めたインベカヲリ★さんなども含めて、女性写真家たちの表現力の高まりは感じる。だが、むろん男性写真家にもいい仕事をしている人は多い。次年度以降にどんなフレッシュな作家が登場してくるかが、今から楽しみだ。

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