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写真集

飯沢耕太郎が選ぶ「時代に残る写真集」Vol.2 アウグスト・ザンダー『時代の肖像』

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アウグスト・ザンダー『時代の肖像』
August Sander : Antlitz Der Zeit, Kurt Wolff/Transmare Verlag,1929
[復刻版]Scilmer/Moel, 1976

飯沢耕太郎 いいざわこうたろう
写真評論家。1954年宮城県生まれ。1977年日本大学芸術学部写真学科卒業。1984年筑波大学大学院芸術学研究科博士課程修了。主な著書に『写真美術館へようこそ』(講談社現代新書1996)、『デジグラフィ』(中央公論新社 2004)、『写真的思考』(河出ブックス 2009)、『深読み! 日本写真の超名作100』(パイインターナショナル 2012)などがある。

Jungbauern

アドルフ・ヒトラーの影響で未完に終わったプロジェクト

アウグスト・ザンダーは、1910年からスタジオを構えていたドイツ・ケルン周辺のさまざまな職業、階層の人物たちを撮影し、その社会的な役割に応じて分類、再構成する「20世紀の人間たち」と題する大プロジェクトを開始する。この『時代の肖像』は、その中間報告というべき写真集だが、結局「20世紀の人間たち」は未完に終わった。

Konditor

古今東西の写真の歴史において、アウグスト・ザンダー(1876~1964)の「20世紀の人間たち」ほど、野心的かつスケールの大きなプロジェクトは他にない。ドイツ・ラインラント=プファルツ州、ヘルドルフに生まれたザンダーは、1904年にリンツに写真スタジオを開業し、10年にはケルンに移って腕のいい肖像写真家として名声を博していた。ところが、第一次世界大戦に出征したのをひとのきっかけとして、人物の姿をより即物的に、その背景を含めて客観的に描写するポートレイトの撮影を開始し、やがてそれらをいくつかのポートフォリオとしてまとめることを考え始めた。

Handlanger
Burgerliche Familie. 1923

その作業は1920年代から本格化し、「全体が現代社会の秩序にしたがって7つのグループに分かれ、各12枚ずつの写真をおさめたおよそ45のポートフォリオ」で構成される「20世紀の人間たち」という大プロジェクトに発展していった。
Geldbrieftrager
Der Tenor L.A

ザンダーの分類は「農民」、「職人」、「女性」、「職業と社会的地位」といった比較的穏当なものだけでなく、放浪者、失業者、迫害されているユダヤ人を含む「大都市」のパートなど、社会の秩序からはみ出していく人たちにまで及んでいる。ポートフォリオの最後に来るのは、まさに「最後の人間たち」(愚者、病人、狂人、死者)だ。
1929年には、写真集『時代の肖像』が刊行された。60枚の代表作をおさめたこの写真集は、まさにザンダーの壮大な意図を世に示そうとする意欲的な出版物といえる。ところが、1933年にアドルフ・ヒトラーが首相に就任し、ナチス政権が成立すると、ザンダーの活動には有形無形の圧力がかかることになる。「20世紀の人間たち」にユダヤ人の肖像写真が多く含まれていたためだ。『時代の肖像』は1934年に回収処分となり、「20世紀の人間たち」のプロジェクトも結局は未完に終わった。とはいえ、この写真集に収録された写真は、20世紀以降のポートレイトの方向性を定めた傑作ぞろいであり、何度でも見返すべき価値がある。

Putxfrau.1928

飯沢耕太郎が選ぶ「時代に残る写真集」Vol.2
アウグスト・ザンダー『時代の肖像』
August Sander : Antlitz Der Zeit, Kurt Wolff/Transmare Verlag,1929
[復刻版]Scilmer/Moel, 1976


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