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フォトまち便り「Hello Local」vol.1 紀南フィルム ~僕らが暮らす那智勝浦について~

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リモートワークやワ―ケーション、あるいは移住やダブルローカルなど、都市に縛られない暮らし方が出来る時代に、熊野、富山、郡山、下田という4つの地域で活動する写真部に、週替わりの連載を依頼しました。4つの写真部が撮る風景が、遠いどこかの日常ではなく、近い未来のご近所になればいいな、そんな期待を込めて。第一回は、熊野の紀南フィルムのリーダー丸山由起さんによる写真とエッセイをお送りします。

はじめまして、紀南フィルムです。

紀伊半島の南端の熊野地方で写真を撮り、紀南フィルムではリーダーをしている丸山由起(マルヤマヨシキ)です。せっかくの機会をいただきましたので、最初に寄稿させていただきます。


僕たち紀南フィルムは『あそぶ。わらう。手をつなぐ。ファインダー越しに見つめる。好きな紀南を撮る。私たちのまちが誰かに届きますように。暮らしをキリトル。紀南フィルム。』というコンセプトのもと、和歌山県紀南地域と写真が好きな11名が集ったチームです。地域で暮らし、地域と地域を写真でつなぐことを目指し活動しています。

紀南と熊野、エリアとしての意味合いはほぼ同じ。区域や場所の話には紀南を、文化・歴史を語るときには熊野の呼び名を使います。もう少し地域の呼び名の話を続けると、牟婁(ムロ)なんて近世からの呼び名が現在も郡部の地名には残っていて、これはちょっと地元民でも分かりづらい。ざっくり紀南≒熊野≒牟婁と覚えてください。


僕たちの暮らすまち那智勝浦について

神のこもる地との意味であるとされる『牟婁』こと熊野は、古事記・日本書紀の神話に深く関わる古い土地。僕たちの地域は、平安時代中期以降に熱狂的だったと言われる「熊野信仰」の舞台の中心でもあり、その火付け役である朝廷人が居た京都からは、山深く険しい山々の浄土と信じられてきました。彼らが救いを求め目指した熊野三山(熊野本宮大社・熊野速玉大社・熊野那智大社)の巡礼道は「紀伊山地の霊場と参詣道」としてユネスコ世界遺産に登録されていて、今も熱心な旅行者が多く訪れる場所となっています。

熱心な旅行者と書いたのにも意味があって、現代においても熊野は都市部から非常に遠く、時間の掛かる場所にあります。東京からはもちろん、近隣の都市である大阪や名古屋からも、自動車は国道42号線、電車はきのくに線・紀勢本線で、それぞれ3~4時間ほど。そんな話を、まだ訪れたことの無い人に伝えると溜息が聞こえることも少なくありません。視点を変えて海からこの地域を見ると、紀伊半島という大きく突き出したこの土地は、むしろアクセスの良い場所にも見えてくる。と、僕が写真撮影をした書籍「南紀熊野ROUTE42 国道42号線をめぐる旅」(ヘメディンガー綾著 青幻舎)にも書かれています。

そんな僕の地元でもある那智勝浦は、勝浦漁港は日本有数のマグロ延縄基地として知られ、生まぐろ水揚げ高は日本一。そして熊野古道のハイライト「大門坂」や西国三十三所第1番札所「那智山青岸渡寺」、熊野三山のひとつ「熊野那智大社」、さらには日本三名瀑・一段の高さ日本一の「那智の滝」に加え、温泉もあり、何を隠そう熊野観光のメインストリームだったりします。

シャッターを押すことは自分の住むまちに関心を持つこと

とはいえ、素晴らしい場所だからみんな来てください!とストレートに書きたかったわけではありません。豊富な観光資源もその人気は昭和にピークを迎え、その後は多くの地方と同じく緩やかに、でも着実に人口も街の勢いも縮小。この地域の大きな建造物は昭和のある時期の似たような見た目のものが多く、きっとこれらが建てられていた頃が、一番元気があったのだろうと自分のまちを眺め思います。

僕は生まれ育ったこの土地を大学進学を機に出て、およそ10年を大阪で過ごした後、また那智勝浦に戻ったいわゆるUターンの身です。その期間、このまちはそれほど印象が変わらないままあり続けました。しかし外に一度出て、改めてこのまちを眺めると、子供の頃には知らなかったことが多いことに気づきました。

知れば知るほど好き嫌いという尺度とは別の、「関係」が深まっていくのを感じます。僕が撮影したいと思っているのはそういった「関係」のように思います。感動したり、シャッターを切ったりできるのは、どんな目で対象を見ているかと深く関わっています。関心のないものを撮り続けることは難しく、関心を持つからこそ、このまちを撮り続けられます。

まちの魅力は、そこに暮らす人々

最近では友達の多くが熊野出身ではない移住者になりました。彼らと話すこと、あるいは暮らしや日々の楽しみ方から影響を受けることで、生まれ育った那智勝浦の異なる側面を知る機会になっていることに気がつきます。

地域をより良くしていくために大切なことは、僕たち自身がこのまちを楽しんで愛しむこと。それが、他の人たちがこのまちを好きになってくれる一番の理由になると考えています。だから、素晴らしい景観や歴史、文化を撮りつつも、それを舞台に生き、楽しむ人たちの存在、あるいはその登場人物の多さや魅力を撮っていきたいと思っています。

この連載を通じて、そんな今の紀南・熊野の暮らしや文化を届けられたらと思います。


丸山由起(マルヤマヨシキ)

1982年和歌山県生まれ、同県在住。紀南フィルムではリーダーを務める。写真の活動としては他に、地域密着メディア和歌山美少女図鑑のメインフォトグラファーや、アートイベント紀の国トレイナートの撮影、2021年6月に刊行南紀熊野ROUTE42の写真担当など。

 


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