EXPOSURES 海外写真家たちのプロジェクト ロバート・ドーソン『パブリック・ライブラリー(公立図書館)』
海外写真家のプロジェクトを紹介するコーナー。
今回は、サンフランシスコ在住の写真家ロバート・ドーソンが18年に渡って
アメリカ合衆国の公立図書館を訪ね、撮影した作品集を紹介する。
text:兼子裕代(写真家)
写真集『パブリック・ライブラリー(公立図書館)』は、サンフランシスコ在住の写真家、ロバート・ドーソンが1994年から18年に渡ってアメリカ合衆国の公立図書館を訪ね、撮影した作品集である。
一見すると地味な建築写真のコレクションであるが、ページをめくるにつれ、その多様さに驚かされる。質素な木造の図書館から、重厚巨大な古典様式の図書館、ガラス張りのモダン建築もあれば、ゴーストタウンの廃墟と化した図書館まで。その差異の広さは、この国の歴史を表象すると同時に厳しい格差社会を物語っているとも言えよう。
「図書館は、この国において、税金で運営される数少ない公共施設のひとつです。人々は公というものを敵対視すると同時に依存もしている。そういった、市民と公の関係への強い関心がこのプロジェクトへ私を駆り立てました」
確かにアメリカには公共のホールや美術館もなければ、国民健康保険もなく、自治体が市民に提供する場所やサービスが他の先進国と比べて少ない。それだけに図書館は単に本を貸し出す機関としてだけではなく、「コミュニティのサービスセンター」としての役割を担っているようである。テック・ブーム(※)で家賃が高騰し続けるサンフランシスコ市のメイン・ライブラリーは、周辺のホームレスが雨風をしのぐシェルターとしても機能し、ソーシャルワーカーが常勤しているという。
「私はこのプロジェクトを通じて、想像していたよりずっとポジティブな何かをこの国に感じることができました。人は隔てるものより共通するものを多く持っているということです。大抵の人々は家族を愛し、真面目に仕事をし、地域を大切にし、図書館を大事に思っている。なぜならそこはコミュニケーションの場であり、人が他人とつながる場だからです。現在、世の中では”ヘイト”の方が注目されているように見えますが、私たちは、自分たちが考えるよりずっと似たような思考や感覚を多く共有していると思います」
(※)2011年頃より、Facebook、twitter、Airbnbをはじめとする市内テック企業の拡大/増資により、好条件の雇用を生み、大量の若者が移住してきたため、住居不足と家賃の値上げが急激に進んだ。それに伴い、多くの地元住民が立ち退きを余儀なくされ、ホームレス人口も急増している。
写真集が出版された2014年と比べて、さらに排他的な情勢が加速する現在についてどう思うかを質問すると、
「年齢を重ね、政権のアップダウンをいくつも見てきた分、悪い状況の中にも、良い面があると考えられるようになりました。ひとつポジティブな例をあげれば、昨年の大統領選と同時に行われた地方選挙で、ストックトン(サンフランシスコの北東140キロに位置し、国内で経済破綻した2番目に大きな都市として知られる)では図書館に消費税財源をあてる決議が可決され、また、26才の若きアフリカ系アメリカ人、マイケル・タブスが市長に当選しました。彼は、終身刑で収監されている父をもち、出産時16才という若いシングルマザーに育てられた苦労人ですが、奨学金でスタンフォード大学に進学し、22才で市議会議員に初当選し、政治家としての才能を開花させている次世代のリーダーです。私たちはこれからもっと地方自治に希望を見いだすことができるのではと思っています。少なくとも今後4年間国政に期待ができない今、私たちが注目すべきなのは、地方自治なのではないでしょうか」
国内で最も犯罪率が高く、識字率が低い街ストックトン
ドーソンは現在、ストックトンで新たなライブラリー・プロジェクトを妻であり、写真家でもあるエレン・マンチェスターと取り組んでいる。
「ストックトンは経済的に悲惨な状況にあり、国内で最も犯罪率が高く、識字率が低い街のひとつです。私たちが住むサンフランシスコから90マイルしか離れていないのに、全く違う世界と言えるでしょう。だからこそ私たちはこのプロジェクトを始めました」
彼らは2014年から、ストックトンのライブラリー・アンド・リテラシー財団と共同で、図書館による識字率向上のための活動をドキュメントしている。
「機能不全に陥ったこの街で、人が生き抜くために必要なのは、なによりも読み書きなのです。目の前の辛さしか見えない状況で、もっと広い世界、より多くの可能性を知るためには、文字が読めなければならない。様々な本や資料を読むことで、いままで想像さえしなかった何かが世界にはあると知るのです。貧困は単に経済状況だけではなく、人間の精神形成も表していて、読み書きにより人は貧困から一歩踏み出すことができるのです」
写真史にはフォトグラフィック・サーベイ(写真調査)と呼ばれるジャンルが存在し、そのいくつかは、単に映像の記録という範囲を超えた写真作品として成立している。その代表は1930年代、世界恐慌下にウォーカー・エヴァンスやドロシア・ラングらによって撮影された農村や移民のドキュメンタリー、FSA(農業安定局)プロジェクトである。ドーソンの図書館プロジェクトもまさにフォトグラフィック・サーベイであり、その写真には特にウォーカー・エヴァンスの影響が見えるが、彼は自分の息子にウォーカーと名付けている。
優れたフォトグラフィック・サーベイには、エヴァンスにしろラングにしろ、冷徹な客観性と包括的な愛情が同居している。
「私たちは、このプロジェクトに深く感情移入しています。なぜなら、ストックトンには、小さいけれど希望が見える。状況は深刻だが、ポジティブなことが起っていて、確実に日々変化しています。現実の問題に目をつぶってはいけないが、そういったポジティブな部分にこそ、私はエネルギーを注ぎたいのです。自分の写真を通じて、人々の考えや活動のコンセプト、彼らの物語を表現し、生きる希望を見る人に伝えたいのです」
最後にドーソンは「これはいままでで最もチャレンジングなプロジェクトでもあります」と話した。希望があるとはいえ、現実が厳しいことには変わりないだろう。「しかし、だからこそやりがいがあるのです。いつも写真は何か新しいことを扱っていて、我々は新しいことを学ぶ。それが写真の美しさだと思うのです」
グッゲンハイム財団とサンフランシスコのクリエイティブ・ワーク・ファンドからの奨励金を得て、ストックトン・フォトグラフィック・サーベイはあと1年続けられる予定である。
Robert Dawson ロバート・ドーソン
アメリカ、サンフランシスコを拠点に活動する写真家、作家、写真教育者。グッゲンハイム財団、ナショナル・エンドウメント・フォー・ザ・アーツを始め、受賞歴多数。写真集に、ロバート・ドーソン・フォトグラフ(ギャラリーミン、 1988)、グレート・セントラル・バレー、カリフォルニアのハートランド(ユニバーシティ・オブ・カリフォルニア・プレス、1993)、ダウトフル・リバー(ユニバーシティ・オブ・ネバダ・プレス、2000)、パブリック・ライブラリー(プリンストン・プレス、2014)などがある。その作品は、ニューヨーク現代美術館、サンフランシスコ現代美術館、国会図書館などに所蔵される。カリフォルニア大学サンタ・クルーズ校、サンフランシスコ州立大学大学院卒業。1996年よりスタンフォード大学、芸術学部写真学科で教鞭をとる。