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フォトまち便り「Hello Local」vol.22 郡山写真部 ~時をつなぐ地域の力、商都郡山で息づく人たち~

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紀南、富山、郡山、下田の4つの地域写真部が綴っていく連載企画「Hello Local」。今回は郡山写真部、昆さんによるフォトエッセイです。時はさかのぼり150年前、幕末そして明治維新の時代の変革に郡山もまた変化を続けてきました。当時の郡山が発展できた理由の一つに商いの人たちの存在と語る昆さん。いまも新型コロナウイルスの影響など社会が揺れ動く現代において、商人スピリットを伺うべくインタビューをいただきました。


郡山は商売の町

今から約150年ほど前、日本は西洋に追いつくべく新しい生活を取り入れようとします。その変革は「明治維新」と呼ばれ、人々は大きな一歩を踏み出しました。

東北の一都市であった郡山にもその風は否応なく押し寄せ、新しい社会を作るべく立ち上がりその立役者となったのは地元の商人たちでした。

世間の常識や情勢が目まぐるしく変化する現代、特に近年では新型コロナウイルスの影響によって社会が大きく変わりつつあります。

その中で私たちが住むまちでご商売を営む方々は今の状況をどのように受け止め、あるいは次の時代に繋げようとしているのか

今回、3軒のお店にインタビューをしてきました。

常連さんが行き交う酒店から老舗時計店まで、彼らが営むありのままを見ていただき福島県郡山市について身近に感じてもらえればと思います。

地域の”交差点”となる「陰山酒店」さん

郡山市東部の閑静な住宅街の中に建つ陰山酒店さん

ーいつからお店を始めたんでしょうか?

「始めたのは昭和38年かな。でも、私が嫁に来る頃にはこうなってたから、もう27,28年はこの形でやってる」

そう気さくに語るのは陰山商店を切り盛りする陰山文美さん。

ー取り扱っているお酒は何種類ですか?

何種類だろう(笑)。その時によって色んなお酒を取り揃えていて、最近だとクラフトビールが一押しかな。クラフトビールって値段が高くて賞味期限が早いから、売る方としてはハードルが高い。でも、何か面白い商品をやりたいなと思ったから、これを機会に始めてみた。

ウチでしか扱っていないお酒もあるよ。

棚に狭しとならぶ福島のクラフトビール

―酒屋さんにUFOキャッチャーがあるようですが?

コロナでどこにも行けなくなった時に、駄菓子屋さんが倉庫の奥に眠ってたのを持ってきてくれたのが始まり。子供たちが結構来てくれるの。だって、1回10円でできるんだから(笑)

酒屋さんっていうより、おつかいで子供が一人でも来れる店かな。 お買い物の練習とかなるといいなって。

前は、小学校からも職場体験にも来てたしね。

10回遊んでも100円はうれしい

―郡山で商売をやっていて難しいところはありますか?

価格競争が激しいところかな。郡山で商売をやるのは難しいとよく耳にするんだけど、実際に私は郡山で商売しかしたことがないから普通に感じているね。(笑)

インタビューの途中で来られたお客さんにも明るく応対する陰山さん。雪が降ると、雪を掃くための竹ぼうきが良く売れるのだとか。お酒の販売だけでなく、UFOキャッチャーがあったり、職場体験の活動場所として用いられていることから、地域の拠り所として地元とつながっている様子がよく伝わってきました。

ロック魂あふれる住宅街の八百屋「音川青果店」さん

さて、次に訪問したのは先ほど伺った陰山文美さんにご紹介いただいた音川青果店さん。

入口のたくさんのステッカーに目を引かれた。

ーいつからお店を始めたんでしょうか?

「このお店が始まったのは、3代前からですかね」

こちらでお話を聞かせてくれたのは店頭での接客を担当する音川さん。

ー趣味が満載の内装ですね。昔も前もこんな感じだったのですか?

内装はうちの夫と言うか社長のこだわりです。建て替えてからこういう感じですね。

販売品は皆さんが欲しいものを多めに仕入れることを心がけています。遠い方だと茨城県との県境にある塙(はなわ)町から来る方も。もちろん病院に来た帰りとかついでとか近くまで来たとか。お年を召した方はもちろんだし、比較的お子さん連れのご家族もいらっしゃいますね。

―もう馴染みの方がいるんですね

あとは 看板を見てですかね。お店の前にある赤信号で止まって、気になって入ってくるという方もいらっしゃるので。

―1日の流れは?

お店は10時から 夕方5時30分ぐらいまでなんですけど、会社さんに納品する場合は時間が決まっているので、だいたい集中するんですよね。それに合わせるっていうのが結構大変だったりします。(笑)

―大変ですね。

年末年始はもちろん忙しいですし、車が渋滞したときは大変ですよ(笑)

でもそれだけ必要としている、私たちの商品を買いたいお客様がいるのは嬉しいことです。

―皆さん気軽な感じで入ってきますね。

割とそうかもしれないです。「来たよー!」みたいな感じで。「なんかみかんある?」みたいな(笑)

ふだんの生活に私たちの存在があるのもありがたいところですね。

個性的なPOPが目を引く

今まで商店街にある八百屋さんというと間口が広くて、声の大きい元気なお兄さんが野菜や果物を売り込んでいるイメージでした。でも音川青果店さんは閑静な住宅街の中にひっそりと建つ”令和の八百屋さん”。スーパーマーケットが街の主流に取って代わってからしばらく経ちますが、こうしてフラッと入ってくるお客さんがいる八百屋さんが息づいていることはこのまちの新しい発見です。

郡山とともに時を刻み続ける増子時計店さん

そして、この日最後に伺ったのは郡山駅前のアーケード内で約70年続く宝飾品店「増子時計店」を営んでいる増子さん。

―「時計店」とありますが色んな商品が並べられているのが伺えます。どのようなものを扱っているのですか?

指輪とかネックレスとか宝飾品・時計の類いです。ウチの場合はじっくり時間をかけて決めるものですが、 来る人も買う人もどっちも増えていますね。

―コロナはやはり影響しましたか?

コロナは露骨に関係してますね 、「まん延防止等重点措置」が解除された10月以降は急に世の中が動いてます。11月頃は郡山で陽性者ゼロが続いていましたから、9月以前と比べると世界が全く違いますよ。

―創業は戦後なのですね。

昭和23年で、私は3代目です。だいたい5代も6代も前っていう宝飾店は、当時は時計じゃなくて違うことをやっていたお店が多いです。

私が物心着いた43年前は賑やかでした。当時、と言っても本当に4畳半ぐらいの所にカウンターだけ置いて修理だけ受け付けてたって聞いています。当時は携帯電話も無く、時計が今の時間を知る術で生活の必需品でした。修理を繰り返しながら何度も使う人がほとんどだったんですね。

今では時計というものはスマートフォンで代用できるし、ファッション・嗜好品になってくるっていう傾向はありますね。世相を反映してか趣味嗜好が多様化してます。

―創業当時は販売というよりはむしろ修理をされてたんですね。

その方が多かったと聞いています。ウチのおじいさんから亡くなる前に聞いた話ですけど、 リアカーで10 km、30 km遠くまで行って帰って、修理して、また届けに行って、お金をもらってとは言ってました。

―えぇっ、リアカーで30kmも!?

まあ、酒を飲みながらの話なんで、リアカーで猪苗代まで行ったとかって言ってたけど絶対嘘だろうと(笑)。でも、話からすると、磐梯熱海ぐらいまでは行ってたんじゃないかなと思います。

リヤカーを持って行って直して、お金もらって、また、直しての繰り返しで少しずつお店を広げていったんです。まぁ、みんな廃業したり跡継ぎがいなくなって辞めてっちゃったりするけど、郡山でスタートしてまだ残ってる少ないうちの1軒かな、ウチは。

―いまお店の拡張とかは考えていますか?

考えていないですね。何店舗もお店を出してっていうのは、またやり方が変わってきますから

お客さんとの関係を深くするっていう意味の拡張は常に考えています。

ーありがとうございました。

お店がある郡山駅前アーケードの風景画が店内を彩る

郡山は県内最大級、そして、東北地方の有数の商業都市とあってお店の入れ替わりが激しい上、昨今の新型コロナウィルス感染拡大防止の影響で商店街にも明るい話題が少なくなりました。

しかしながら今回のインタビューを通して、お店の方々は社会の流れをつかみつつも、自分の歩幅で将来を見据えながら今を生きているような気がします。

これからの郡山を創る地元商人たちの素敵な姿を写真を通じて感じていただければ嬉しいです。

photo&text:昆愛


昆 愛(こん あい)
埼玉県川越市出身。会社員のかたわら、地域通訳案内士の資格を活かし福島県内の地域資源の掘り起こしと福島の魅力を国内外へ発信している。最近は、郡山市湖南町のどぶろくと猪苗代湖で取った川エビで作った佃煮がお気に入り。

郡山に住む写真好きの仲間が集まり、2018年から活動をしている「郡山写真部」。

郡山のまち、人の魅力を「写真」を通じて見つめ直し、「#郡山写真部」で発信しています。

郡山写真部が取材・記事を書いて作ったデジタルフォトマップ「郡山フォトスポットガイド」はコチラ


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