ニューヨーク近代美術館(MoMA)に初めて展示された写真家の作品。ウォーカー・エヴァンズ『アメリカン・フォトグラフス』|飯沢耕太郎が選ぶ「時代に残る写真集」Vol.17
Walker Evans; American Photographs, The Museum of Modern Art (再版、2012)
ウォーカー・エヴァンズ(1903〜1975)はアメリカ・ミズーリ州、セントルイスに生まれた。若い頃はフランス文学に興味を持ち、1926年に渡仏するが、帰国後に写真家の道を歩む。
1935年、アメリカ南部の農業地帯を撮影するR.A.(再入植局、のちにF.S.A.[農地保障局]と改名)の仕事につくが、37年に退職してからはフリーランスとして活動した。
1938年、ニューヨーク近代美術館で『アメリカン・フォトグラフス』展を開催。戦後は「TIME」等に作品を掲載し、イェール大学でも教鞭をとった。
ウォーカー・エヴァンズの『アメリカン・フォトグラフス』展(ニューヨーク近代美術館、1938年)は、同館で開催された最初の写真家の個展である。それだけでも写真史に残る重要な業績だが、むしろ、同時に刊行されたカタログに目を向けるべきだろう。その内容やレイアウトは画期的であり、そこから現代的な写真集の
歴史がスタートしたといってもいいほどだからだ。
写真展には100点の作品が出品されているが、写真集には第一部50点、第二部37点、計87点の作品がおさめられている。第一部はアメリカのさまざまな階層、職業の人物たち、看板やポスターなどの都市の記号を中心に構成され、第二部はアメリカの建築物を撮影した写真が並ぶ。
注目すべきは掲載写真のレイアウトで、見開きページの左ページには作品番号(ノンブル)のみが印刷され、写真は右ページに掲載されている。各写真にキャプションはまったくなく、第一部と第二部の最後に作品リストの形で簡単な情報がまとめて掲載されているだけだ。
つまり、エヴァンズがこの写真集でめざしたのは、1930年代の「大不況時代のアメリカ」を、文字情報を最小限にして、写真の選択と配列のみで浮かび上がらせることだった。
その意図は「証明写真スタジオ、ニューヨーク、1934」から開始され、「ルイジアナのプランテーション・ハウス、1935」で終わる第一部でも、「刻印されたブリキの遺物、1929」から開始され、やはり「ブリキの遺物、1930」で終わる第二部でも見事に貫かれている。
たとえば、たびたび登場する自動車のイメージに、写真を通じて同時代を物語ろうとするエヴァンズの狙いがよくあらわれている。大不況下でも、モータリゼーションは急速に進行し、アメリカは「自動車社会」に変貌しようとしていた。最初のパートに、廃車置き場の写真を持ってくるなど、彼の「自動車社会」に対する見方は、どちらかといえばネガティブで辛辣なものだ。
自動車のような社会的な記号をシンボリックに使いこなしていく、新たなドキュメンタリー写真の方法論は、エヴァンズによって打ち立てられたといえるだろう。
ウォーカー・エヴァンズ『アメリカン・フォトグラフス』
Walker Evans; American Photographs, The Museum of Modern Art(再版、2012)