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フォトまち便り「Hello Local」vol.26 下田写真部~移住者の見る下田とは?~

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紀南、富山、郡山、下田の4つの地域写真部が綴っていく連載企画「Hello Local」。今回は下田写真部、池田さんによるフォトエッセイ。地域おこし協力隊として東京から下田に移住を決めた池田さん。移住のきっかけはふとしたきっかけから始まったそう。移住を決断し、移り住むまで、そして住んでみて分かったこと等をご紹介いただきました。移住に興味がある方、考えている方にぜひ読んでもらいたいフォトエッセイです。


「伊豆」「下田」

この地名を見た時、なんとなく頭に浮かぶイメージがあった。

ああ海がきれいで、温暖な所だ。

そう思って迎えた下田で初めての冬、私は部屋で毛布をかぶって鼻の先を冷たくしていた。

それもそのはず、その年下田には珍しく雪が降ったのだった。

あれ、思ってたのと違うな…。

そんな訳で、下田写真部の移住者池田です。はじめまして。

私は2016年7月に、生まれてから30年余り暮らしてきた東京杉並区から下田に移住しました。

下田を語るにはまだ時が足らず、今回は移住者から見た下田という側面的かつやや多めの自分語りにしばしお付き合い願います。

ようこそ下田へ!と迎える下田駅出口

移住するということ

移住の数だけワケがあり、私の場合は下田にしては珍しく海目的ではなく山目的。

野草や変わった葉っぱなどを多く扱うひっそり小さな花屋に勤めていた頃、毎日ブーケやアレンジメントを作りながら「この植物がどう育ってきたのか知りたい」と思いはじめたことがきっかけでした。

当時の私はそのふとした疑問から発想が散らかって膨張し、今より自然に近づいて暮らしたいという気持ちに辿り着いたのでした。

なければある所に行けば良いんだ、住む所って選んで良いんだ、というシンプルな気付き。

収穫を逃して咲いてしまった春菊の花

いてもたってもいられない割にどうしていいかわからず「ふるさと回帰支援センター」という移住の相談窓口を訪ねました。

日本中の都道府県ブースがあり、土地の特徴を聞けたり就職相談などもできる場所です。

私は全く行き先を絞れていない中、実家から3,4時間以内、寒がりにつき東京より暖かいこと、自然が充実していること、山に関われることを条件に相談して、下田市第一期地域おこし協力隊、美しい里山づくり部門の募集情報を頂きました。

条件はマッチしているものの、ただ自然を求めているだけの人間が地域貢献などできるのか等、その後何度か電話相談やブースでの面談を繰り返し、応募し、結果採用されました。

地域おこし協力隊の活動内容は多岐に渡り、地域によって求められていることが違うのですが、書き出すと長くなるので割愛し、かいつまんでお話しすることにします。

面接前に下見を兼ねて初めて下田を訪ねたのが6月、ちょうど紫陽花祭りの時期でした。直前に母と紫陽花で有名な鎌倉の長谷寺に行き、まず寺に入るまでに3時間という大混雑に慄いてとんぼ返りした身としては、待ち時間などなく見られる圧倒的な花数と、高台から見る港町との組み合わせに大感動したのを覚えています。

下田の第一印象はビーチではなく紫陽花だったのです。

6月下田公園の紫陽花まつりにて

下田公園から見下ろす下田の町

下田に暮らし始めてみて

こうして下田に住むことが決まり、まずは閑散期の免許合宿にて、違反で免取りになった玄人たちに囲まれながらマニュアル免許を取得、しばらくの自転車生活を経て初めての中古車購入。東京にいる時は電車と自転車で事足りていて、車を持つなんてことは頭をよぎったことすらなかった私はおぼつかない運転でいろんなところへ行き探検しました。古道、史跡、観光地。

中でも特に魅了されたのは石丁場という、山から石を切り出した跡地のなんとも言えぬ空気感でした。切り出された石は伊豆石と呼ばれ、加工しやすさから石材として重宝したそうで、江戸城改築の際に江戸まで船で運ばれていたといいます。

歩いていて偶然道下に見つけた石丁場

下田のコトを良く言っても悪く言っても何も知らない眩いばかりのピカピカ新参者、呼んで頂けた場には全て出席していろんな価値観をインプットした気になりながら、協力隊の活動の一部として森林組合の仕事の把握や手間をしました。

等高線と呼ばれる地形の地図を見ながら山林を歩くのですが、それがまた指紋みたいな輪っかにしか見えなくて、ここがぐっと落ちた沢だね!ここ長い尾根だから方向あってるね!という話にはついていくのが精一杯、使う機会のなかった脳みそ部位と筋肉が鍛えられました。

林業のことは映画『WOOD JOB!〜神去なあなあ日常〜』を観てなんとなく知っていたけれど、当然毎日が登山道なき登山でした。

伐倒木と荷物

現場作業員のみなさんは道具一式を背負ってお昼持って、ハンモック持って、おやつ持って、ケトルと簡易コンロ持って。あれキャンプかな?という出立ち。

一つ判断ミスをすると命に直結する現場で思いっきり仕事し、休憩になったら木と木の間にハンモックを張ってきちんと休む。

スッと話題に上るのは“今の波状況”で、波のいい日は終礼後の解散が光の速さです。

そう、作業員の人たちにはサーファーが結構多く、山で働いたあとは海で過ごす、その下田ならではの楽しみ方がすごくかっこ良いのです。

だんだんとわかって来たこと

日光の入る明るい森新陳代謝も活発に行われ健康な山を作る。海が美しいのは海だけの力ではなく、山の健康と繋がっているということも住んでいる方たちから教わったことでした。

冬に一段と澄む海

後世のためにと先人たちがせっせと植えた杉、檜が大きくなる頃には、海外輸入材が幅を利かせている時代、電気、石油の普及により衰退した炭としての役割を果たす機会のなくなった樹木たち。山の中で苔むした炭焼き場をいくつも見ました。

使い道がなければ、財産であっても手を入れる機会はなくなり、適度に間引かれなくなった暗い林、光が入らず育たない下草、その下草がなくてお腹を空かせた動物たち。今まで人の気配で線引きのあった動物たちとの関係も変わってくる、本来来ないはずの場所に現れ始める鹿、猪。

運転してると道路の真ん中に鹿たちがいて、あと2mかという近さになっても、は?みたいなキョトン顔でコロコロうんちをしている。

暗くなって家路を急げば無邪気に駆け回るうり坊たち、とそのビッグママ。

これって今どこにでもある問題だよなと、とネットで流し見してきた情報と、実際に目の前で起こっていることの近さを身をもって知りはじめました。

山に関わる人、海、観光、農業、飲食、行政、それぞれの立ち位置でどうしたらいいのかと考え、できることを続け、保てるように踏ん張っている姿に、たくさん出会いました。

場合によっては外からの力での地域おこしも必要ですが、今下田にいながらもがいている人たちこそ、力があって美しくて地域をおこしている人たちだなと思いました。

山上のみかん畑まで延々と続く楽しい注意喚起

直しながら使う美しい道具

春になると切られることのなくなった山桜が山全体に白く点々と咲きます。もう少しすれば藤の花の紫も。うわぁとため息が出るような美しさです。しかし荒廃の証、喜ばしいことではないことも知りました。

この流れできたら綺麗な里山の写真が挟まれると思うじゃないですか。ないんだなこれが。この頃はまだ写真部ではなかったし、カメラで撮ってもなんだかペッカリして全然綺麗に撮れないんですよ。ちょっと、どなたかいつか春の下田に来て良い感じの写真撮ってみてくれませんか?

ここにいて撮りたくなるものとは

さて、そうこうしているうちに下田写真部にお誘いいただき、一丁前に一眼レフなどを手に歩き回ることとなりました。

父がカメラマンだったこともあり幼い頃から写真は撮っていたのですが、環境の持ち腐れでカメラの機能に興味がなく、また父に聞いてみても触ればわかるの一点張り。確かに習うより慣れろではありますが、そこで特に深掘りもせず家にあった役目のなさそうなカメラや中古ショップで買ったジャンクのハーフカメラで花の成長や友人の経年変化を撮り、プリントしてはあげたり失くしたりしてきました。恋人がいる時期はたくさん撮った写真を無地のノートに貼ってオリジナル写真集にしてあげたりしましたが、今思い返すと自分ばかりの写真集をもらって嬉しかったのかは疑問だし、会いたくないけど写真集は返してほしいです。

話が逸れましたが、ジャンク慣れした私には大きくて高性能のデジタル一眼レフが身に余って恥ずかしかったのですが、最近ニコンのZ fcというミラーレスカメラに持ち替えました。その軽さとフィルムカメラに寄せたデザインに惚れています。日々、撮影するのが本当に楽しいのです。(私は写真界の何者でもないのでステマにもなりませんが

恵比須島の夕日

下田は観光地であり、言うまでもなく風光明媚であり、撮り甲斐があります。

写真の上手そうな人たちが其処此処にいるので、かっこよくて唸るような風景写真は上手い人に任せておけというのが頭の四隅にあり、では私はというと、友人の言葉を借りると“日々のおかしみ”、笑ってしまうような、親近感が湧くような、大好きな写真家の梅佳代さんのような、親密なものが撮ってみたいとは思っています。しかしついつい撮影交渉のいらない気軽さから我が子の撮影に走ってしまいます。

暮らし方を選ぶということ

いきなり我が子が登場しましたが、気がつけばこちらでの同期とどういう訳だか結婚し、息子が今3歳になります。

下田海中水族館のレストランにて。窓の外にはイルカがいます。

ついでにお話しすると、家具衣類全て置き去りの中古物件を購入し、まずは干しっぱなしの奥様の水着などを処分するところからスタート、移住者の憧れ“それいけD I Y”をしながら住んでいます。

また畑を借りて、いい加減草を刈れと注意されながらもマイペースに野菜を作り、やり切る自信がなかった米作りも、師匠におんぶに抱っこでどうにか2年目。

米作りの面倒を見てくれている師匠。写真を撮らせてと言ったら突然激渋に。

書いていて思いましたが下田で暮らすのが楽しいです。たくさんお世話になって、裏切りたくない人が増えて来ました。

自然が嫌いでなければ、子供を連れて行くところに困ることはなく、今の世の中、大体ネットでお買い物できます。

私もたまには映画館で映画を観たいし、雑踏の中全員に無視された時間を持ちたくなることも、選択肢の多さに右往左往したくなる時もあります。ちょっと今の時期は難しいですが。

地方にいながら必要な物を求めて都会に上京してみる事と、都会生活を送りながら自然を求めて拠点を移してみること、同じことだと思います。

他にも、拠点を両方にしてみたり、体験的に中期滞在してみたり…

いろんな意味での“やっていけるのか”を試してみる価値はあると思います。

ただ、やりたい気持ちがあってもできない状況というのが多くあるとも思うので、ご参考までに、という気持ちでこれからも写真部に下田の一端を載せますし、他地域の皆さんの生活も楽しみに垣間見ていきたいと思います。

協力隊任期中に始めた、放置竹林の竹を使った竹灯籠で街を飾る“竹たのしみまくる下田”というイベント


池田 菜都美(いけだ なつみ)

1985年子供の日、東京都杉並区生まれ。

東京音楽大学声楽科卒業、ほのかに音楽活動をしつつ、幼少期から好きだった植物を扱う仕事につく。

巡り巡って下田で暮らす。

下岡蓮杖の生誕地、伊豆下田で、写真好きな仲間が日々の暮らしを発信したり、高校生とのフォトツアーなどを開催しながら「写真のまち」を目指して活動中。現在、部員13名。
下田写真部公式Facebook https://www.facebook.com/shimoda.photo
下田写真部公式Instagram https://www.instagram.com/shimoda_photoclub


STORY TELLER / 写真家達の物語 vol.37

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