「食べ物」が奇妙なオブジェに。誰にもまねできない今道子の作風とは?|飯沢耕太郎が選ぶ時代に残る写真集
今道子は1955年に神奈川県鎌倉市に生まれた。1978年に創形美術学校版画科を卒業後、78〜80年に東京写真専門学校(現・東京ビジュアルアーツ)で写真を学んだ。1985年に新宿ニコンサロンで初個展「静物」を開催。以後PGIや巷房などのギャラリーでコンスタントに個展を開催する。1991年、ミノルタフォトスペースでの個展「EAT」で第16回木村伊兵衛写真賞を受賞。2016年以来、メキシコの風土・文化にインスパイアされた作品を制作・発表している。
今道子は、日本の写真家の中でも最も特異な作風の持ち主の一人といえる。デビュー以来、魚、野菜、果実など「食べ物」を中心的なモチーフにして、奇妙なオブジェを作り上げ、それらを撮影・プリントして提示する作品をつくり続けてきた。鎌倉の自宅で続けられてきたその作業は年を追うごとに凄みを増し、生と死の世界を自在に行き来するような、誰にも真似ができない小宇宙が形をとってきている。
本書は、1970年代から90年代後半までの彼女の代表作72点を集成したもので、初期の「鯖+枕」、「キャベツ+セーター」、「イナダ+帽子」、「コハダ+ブラジャー」といった、シンプルな構成の作品が次第に複雑な内容になり、想像力の限界に挑戦するようなマニエリスム(16世紀中頃~末にみられる後期イタリア・ルネサンスの美術様式)的なイメージに達していくプロセスを辿り直すことができる。
1990年代以降には「セルフポートレイト」や赤い色味を強調したカラー写真も登場し、その作品世界はより豊かなものになっていった。
今道子の作品を見ていると、子供のころに道で拾ったり、駄菓子屋で買い集めたりした細々としたモノを引き出しにしまい込み、時々出してみて並べたり組み合わせたりして「一人遊び」をしていたことを思い出す。子供たちにとっては視覚だけではなく触覚も大事な要素で、モノの手触りを確かめることに無上の歓びを感じていた。そんな幼児体験を純粋に培養し、シュルレアリスム的な想像力で肉付けしたのが、彼女の作品世界といえそうだ。
今道子の作品の評価は、近年、日本だけではなく海外でも高まりつつある。そのどこか懐かしい雰囲気を感じさせる写真群には、国境を超えた普遍性が備わっているということなのだろう。2016年には、はじめてメキシコを訪れ、その「濃密でパワフルな」風土・文化に惹かれて作品を制作し始めた。
2018年にPGIで開催された個展「Recent Works 2018」に出品した、メキシコ・ベラクルス州ハラパで「死者の日」に撮影された「セルフポートレイト」などを見ると、異文化との触れあいによって、彼女の作品世界がさらにスケールアップしつつあるように感じる。そろそろ、新作を中心とした作品集もまとめてほしいものだ。
今道子『Michiko Kon』光琳社出版、1997年(英語版:Aperture,1997)
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