魔術的な集合写真 ペルーの先住民族出身の写真家、マルティン・チャンビ|飯沢耕太郎が選ぶ「時代に残る写真集」Vol.11
Matín Chambi,: Matín Chambi, Photographs, 1920-1950, Smithonian Books, 1993
マルティン・チャンビは1891年にペルー・コアサの貧しい農民の家に生まれる。鉱山の下働きをしながらイギリス人写真家に写真を学び、1917年に最初のスタジオをシクアニに開業、23年にはクスコに移って、73年に亡くなるまで営業を続けた。卓越した技術と独特の構図で撮影されたポートレイトだけでなく、ペルー国内の遺跡や人々の暮らしを撮影した記録写真も多数残している。没後、急速に評価が高まり、ニューヨーク近代美術館を含む国内外の多くの美術館で回顧展が開催された。
マルティン・チャンビは先住民出身の写真家としてははじめてペルー・クスコに写真スタジオを開業し、以後50年間に渡って営業を続けた。本書は1990年にスペインで開催された展覧会のカタログとして制作され、93年にスミソニアン・ブックスから英語版が出た写真集で、そのチャンビの代表作100点近くがおさめられている。
チャンビのポートレイトには、何とも不思議な気配が漂っているものが多い。市場で働いていたという2メートルを超す身長の「大巨人」、
豪壮な邸宅の階段でポーズをとる花嫁の傍の暗がりには、
奇妙な黒衣の老女が佇んでいる。「ドン・フリオ・ガデアの結婚式」(1930年)の写真に写っている人々の雰囲気は、まるで葬列のようだ。
それらの写真は、チャンビの人物の配置、構図に対する感覚が卓越していたことを示しているが、彼にはそれ以上に「見えないものを見る」 魔術的な能力が備わっていたように思えてならない。ペルーを含む中南米諸国の文学や絵画に対して、よく「魔術的リアリズム」という言葉が用いられることがある。細部までリアルに描き出せば出すほど、神秘的な魔法のような気配が生じてくることを示す言葉だが、彼はまさにその「魔術的リアリズム」を日常の場面から引き出す力を身につけていたということだろう。
チャンビはまた、インカ時代の遺跡や田舎の人々の暮らしを記録する写真も多数撮影していた。1925年に撮影されたマチュピチュ遺跡の写真は、最も初期の記録のひとつである。
それらは貴重な資料というだけでなく、やはりチャンビの的確なフレーミング、光やフォルムを捉える高度な技術力を示している。2016年にはチャンビの最初のまとまった展覧会が、東京・広尾のペルー大使館で開催された。美術館等でもっと大きな規模の展覧会を実現してほしい写真家のひとりである。
マルティン・チャンビ『マルティン・チャンビ 写真、1920−1950』
Matín Chambi,: Matín Chambi, Photographs, 1920-1950, Smithonian Books, 1993
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