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東京・武蔵野市民たちが写した、ぞうのはな子のいる風景|飯沢耕太郎が選ぶ時代に残る写真集

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テキスト=飯沢耕太郎(写真評論家)

今回は、これまでとは少し違う写真集を紹介しよう。普通、写真集には写真を撮影した作者=写真家がいる。写真の内容も、写真家の作品と結びつけて論じられることが多い。ところが、今回紹介する『はな子のいる風景』は写真家の作品集ではない。

東京・武蔵野市の市民たちが写した169枚の写真

そこに掲載された169枚の写真を撮影したのは、東京・武蔵野市の市民たちである。彼らの写真を募集して、1冊の写真集にまとめたという、とてもユニークな構成の写真集なのだ。

写真に写っているのは、武蔵野市吉祥寺の井の頭自然文化園で、69歳という、日本で飼育された象の長寿記録を更新して2016年に亡くなった「はな子」である。「はな子」を見にきた武蔵野市民の家族も一緒に写っている。

家族アルバムのようなはな子の写真

家庭アルバムから、そのまま剥がしてきたような写真が多いが、ページをめくっていくと次第にその中に引き込まれていく。「市井の人々の記録の価値を探求するアーカイブ・プロジェクト」であるAHA!(人類の営みのためのアーカイブ)を主宰し、本書を企画・構成した松本篤の編集能力が冴えわたっているためだろう。

「はな子」は1949年にタイから上野動物園にやってきた。新聞で大きく取り上げられたことで、戦争直後で娯楽に飢えていた人々に大歓迎される。1959年に井の頭自然文化園に移り、以後は武蔵野市民のアイドルとなった。

読者の家族の記憶と結びつくテキスト

写真集には写真が撮られた日の「はな子」の飼育日誌が併載され、当時の新聞記事、象舎の見取り図なども挟み込まれている。他に、写真の提供者に撮影した時のエピソード、「あなたがこれまでに失った大切なもの」などの質問を投げかけ、その回答をまとめた小冊子も付いている。それらと「はな子」の写真とが結びつくことで、読者もまた、自分自身の家族の記憶がよみがえってくるように感じるのではないだろうか。

構成・レイアウトで増幅する見る愉しみ

さらに素晴らしいのは、写真の構成・レイアウトである(デザイン・尾中俊介)。モノクロームの写真図版はほぼ同じ大きさで並んでいるが、その中に、提供者から寄せられた写真をそのままの大きさで印刷し、直接貼り付けたページがある。写真の一部分だけを糊付けしているので、めくると裏側が見える。別の写真が貼ってあったり、書き込みのメモがあったり、それらの情報が写真を見る愉しみをより増幅させている。

このところ、この『はな子のいる風景』に限らず、「市井の人々の記録」としての写真にあらためて注目が集まり、古書店やフリーマーケットなどで購入した古いアルバムなどに貼られていた写真(ファウンド・フォト)を使った作品も制作されるようになった。もしかすると、意外に身近な場所に「はな子」の写真のような貴重な記録が埋もれているかもしれない。それらを編集・構成して出版することも充分に考えられそうだ。

飯沢耕太郎が選ぶ「時代に残る写真集」Vol.28
松本篤(AHA!)編『はな子のいる風景 イメージを(ひっ)くりかえす』武蔵野市吉祥寺美術館、2017年

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