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知れば知るほどジワる味わい。ロバート・フランク写真集『The Americans』

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本記事は、写真評論家のタカザワケンジさんによる文章講座「写真展・写真集の感想をSNSで書くための文章講座(4期)」で優秀作品に選ばれたロバート・フランク『The Americans』の書評です。第5期、途中参加・単発参加募集中!
テキスト=小林真佐子

1950年代半ばは、アメリカが第2次世界大戦後の世界のリーダーの一角であり、白人中流階級以上にとっては、消費文化が花開き、モータリゼーション、ハイウェイ、ハリウッド映画の全盛期、テレビも普及してきた時代。一方で、アフリカ系アメリカ人による公民権運動の萌芽が見え始めた時代。ロナルド・レーガン、そしてドナルド・トランプが大統領選挙のスローガンで掲げた「Make America Great Again」は、まさにこの頃のアメリカをさしている。

スイスからの移民ロバート・フランク(1924-2019)は、写真集『The Americans』で偉大なる栄光の時代のアメリカで、人種、貧富の差、世代を全部ひっくるめて比較対照しながらその影も含めたアメリカの実像を描いた。


『The Americans』は、1958年にフランスで初版が出版、1959年にアメリカ版が刊行され、以降繰り返し再刊されているベストセラー写真集である。グッゲンハイム奨学金を得て1955年から56年にかけて、アメリカ国内30州を車で旅して撮影した28,000点の写真から選りすぐった83点。繁栄を誇るアメリカの影の部分にもカメラを向けたそれは、ほかでもないフランク自身が移民として抱いた衝撃、疎外感、不安、孤独感を通して見た姿であった。

黒人や非白人少数民族への差別、移民への偏見などを目の当たりにしてショックを受けたと後に写真集『Flower is…』のあとがきで語っている(実際、彼自身が反ユダヤ主義の警官により刑務所へ入れられたこともある)。視覚的に鮮やかで豪華な芸術作品が大衆的人気を誇った時代に、フランクはスナップ写真に宿る本質を追求した。それは「スナップショット・エステティック」(スナップ写真において、芸術写真に位置づけられる作品の総称)と呼ばれ、既存の価値観を覆す新たなアート表現として確立されていった。日本でも、日常の何気ない被写体を撮影者の心境を反映させて撮るスタイルの影響は大きく、コンポラ写真と称された若い写真家たちに大きな共感をもって迎えられた。

『The Americans』は今もたくさんの人によって論じられている。たとえばサイキカツミ氏の「誤読のフランク」(※1)や他にも調べて気になったことを列記してみよう。

1.大きな流れとしては、序盤は、被写体が見ている社会を被写体の視線で追う形で表現している。やがて、その立ち位置が人々と同じ地平に立って情景を描写し、終盤には、撮影者が人々に見られているという立場になり、彼の家族の写真で締めくくっている。

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中盤画像に alt 属性が指定されていません。ファイル名: MG_9362-2-1-1024x465.jpg

終盤

家族の写真

2.対比で見せる。連続性で見せる。たとえば、「Rodeo-Detroit」と次ページの「Funeral -St. Helena, South California」。白人と黒人、娯楽イベントとお葬式が、逆向きで同じように帽子をかぶっていて葉巻を手にするポーズとなっている。

「Rodeo-Detroit」

画像に alt 属性が指定されていません。ファイル名: MG_6789-2-1024x467.jpg「Funeral -St. Helena, South California」

「Motorama-Los Angels」と次ページの「New York City」はモーターショーで試乗する裕福な家の子3人とサーカスの関係者の若者3人との比較。川の伝道者として有名な黒人の聖職者と聖フランシスの像(別人という説もある)の対比。つながりでは、パレード、軍隊、うつろな瞳、老人、車、十字架、食べ物、カップルなど。

「Motorama-Los Angels」

「New York City」

3.星条旗を数多く見るが、これはグループの区切りとしても機能している。

正直、予備知識なしで初めて『The Americans』を見たとき、1950年代半ばのアメリカのなにげないごく日常的な情景や一般人を撮ったものにしか見えなくて、なぜ、20世紀で最も影響力のある写真集の1冊とまで言われているのかよくわからなかった。理解できない自分が悔しかった。

数年後、2019年に清里フォトアートミュージアムの『ロバート・フランク展-もう一度、写真の話をしないか。』、2020年にgallery bauhausで開催された『ロバート・フランク大回顧展』で、オリジナルプリントをじっくり見る。画面の切りとり方、視線誘導、光などが絶妙であることに気がついた。そして題材選び。ジャック・ケルアックによる『The Americans』の序文にある「あんた、目があるよ」(※2)というメッセージをまさにその通りだと実感する。

また、書籍やWebの情報から当時のアメリカの社会状況や差別の歴史を知る。ロバート・フランクという人についても調べる。そして、その考え方にほれ込む。

「写真は必ず人類の一瞬を捉えていなければならない。これはリアリズムです。でもリアリズムだけでは不十分で、そこにはビジョンがあるべきです。この2つが合わさって、ようやく私の写真は完成するのです」(※3)

「私の母は『なぜ貧しい人の写真ばかり撮るの?』とよく尋ねてきました。それは事実ではありませんが、困難の中にいる人たちに共感を寄せていたのは確かです。そして、ルールをつくった人に対する疑念も」(※3)

影響を受けたアーティストについては、「より強い影響は本から受けた。特にカミュに。彼はとてもシンプルなひとつの言葉で非常に深い思想を語ることができる。すごく影響を受けたが、私は視覚的人間だからカミュのように書くことはできない。自分がしていることとは別のものに影響を受けるのはいいことなんだ」、と答えている。(※4)

改めて『The Americans』を眺める。単なるロードトリップで見かけた情景のスナップではなく、ロバート・フランクの意図したビジョンとしてのアメリカが見えてきた。箸休めのように見えた田舎の風景だって、そこがインディアン虐殺や南北戦争の舞台であることを知ると、示唆的に感じられる。彼の主観から切りとられたさまざまなシンプルな写真が、編まれることによってあらゆる階層、人種を網羅したありのままの当時のアメリカの実像を浮かび上がらせている。

ちなみに私が持っているのは、「Steidl Edition」の11版であるが、ゲルハルト・シュタイデル社長によるフランクの言葉にもジンときた。「プリントだとビンテージになって金持ちに高価で買われてしまい、そのうち限られた人にしか見てもらえなくなってしまう。本だったら安価だし、100年経っても若い人に見てもらえる」(※5)

知れば知るほど、読み込むほどに、じわじわと味わいが深まる写真集である。

※本記事は4月6日(火)に改定し、再掲載しました。

【注】
(※1)note「誤読のフランク」サイキ カツミ
(※2)写真集『The Americans』序文(文・ジャック・ケルアック、訳・柴田元幸)、雑誌「SWITCH」特集「追悼 ロバート・フランク[1924-2019]」(Vol.38 No.5 P41)より
(※3)Web「VOGUE」「アメリカの影に光を当てた写真家、ロバート・フランクの軌跡。【世界を変えた現役シニアイノベーター】」(2020.11.7)(文・MINA OBA)より
(※4)雑誌「SWITCH」特集「追悼 ロバート・フランク[1924-2019]」(Vol.38 No.5 P41)「 Interview ロバート・フランク×ジム・ジャームッシュ[バワリー遊覧]」より
(※5)雑誌「Coyote」(No.35 March 2009、P84より引用)特集「ロバート・フランク はじまりのアメリカ」内「interview ロバート・フランクとその仲間たち」ゲルハルト・シュタイデル(取材・文 浦江由美子)
【参考文献】
note「誤読のフランク」サイキ カツミ
雑誌「SWITCH」特集「追悼 ロバート・フランク[1924-2019]」(Vol.38 No.5)
雑誌「Coyote」(No.35 March 2009) 特集「ロバート・フランク はじまりのアメリカ」
写真集『花は…』(邑元舎)
清里フォトアートミュージアム『ロバート・フランク展 もう一度写真の話をしないか』フライヤー

<Webサイト>
VOGUE
PHaT PHOTO
アジェ・フォト

テキスト= 小林真佐子/こばやしまさこ
上智大学文学部新聞学科卒業。2014年より写真を学び始める。「PHaT PHOTO」写真教室でテラウチマサト氏に師事。「100年後に残したいこと、もの」をテーマに撮影。2020年には参加型写真イベント「御苗場」vol.26 にて、レビュアー賞(東京都写真美術館学芸員・遠藤みゆき氏選)を受賞。また同年、写真集『拝啓、辰野金吾様 100年後の東京駅』を発表した。
ロバート・フランク
1924年スイス、チューリッヒ生まれ。1947年、23歳の時にアメリカ、ニューヨークに移住する。雑誌「ハーパース・バザー」などでファッション写真の撮影も行うなか、南米やヨーロッパ各地への撮影旅行を重ねる。1955~1956年に9ヶ月間アメリカ国内を撮影しながら旅をした写真をまとめ、1958年にフランスで写真集『Les Americains』、翌年アメリカ版『The Americans』を出版した。個人的な視点で描かれた写真作品は、のちに多くの写真家に影響を与えた。2019年9月に死去。

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