1. HOME
  2. Magazine
  3. 写真家、原美樹子が切りとる普遍的な日常へのささやかな祈り
Magazine

写真家、原美樹子が切りとる普遍的な日常へのささやかな祈り


photo: Mikiko Hara 写真集『Photopaper 44/45』より

テキスト=江間柚貴子
本記事は、写真評論家のタカザワケンジさんによる文章講座「写真展・写真集の感想をSNSで書くための文章講座(3期)」で優秀作品に選ばれたインタビュー記事です(インタビューは2019年12月6日に講座内で実施)。筆者プロフィールはこちら

 
これまでの写真史において、カメラのファインダーを覗かずに撮影するノーファインダーという手法は、荒木経惟やウォーカー・エバンスなどの作品で用いられてきた。

ただ、両者ともあくまで、作家活動の中の一つにノーファインダーで撮影した作品があるだけで、初めて開催した展覧会から現在に至るまで、ほぼこの手法のみで作品を発表し続けている写真家は、おそらく原美樹子だけだろう。

「写真に写っているものは、ごくごく普通の目の前を通り過ぎていったものや、何気ない光景だったりするんですが、1996年に初めて展示会をやった時からずっとこのスタイルで続けています」
photo: Mikiko Hara 写真集『Photopaper 44/45』より

原は、大学を卒業してから2年間の社会人生活を経験した後、日吉にある東京綜合写真専門学校に4年間通っていた。

「最初のメインの課題で、場所はどこでもいいから雑踏でスナップショットを撮ってくるというものがありました。ノーファインダーで撮影するようになった経緯としては、その時に感じた雑踏で人を掻き分けていく高揚感というのもあるんですが、学生時代の試行錯誤のいろんなジレンマの中から苦し紛れに自然とそうなっていったんだと思います」

そして、理由はもう一つあった。

「専門学校で一番初めに鈴木清さんに写真を教わっていたんですが、鈴木さんも『フレームの外を感じさせられる写真を』ということを仰っていて、事前にその課題のスナップショットで隅々まで構図を意識しない写真撮影の訓練を行ったということもあり、次第に写真のフレーミングの枷から自由になっていったという所もあると思います」

ノーファインダーで撮影しているとはいえ、長い間同じスタイルで撮影し続けていると、現像したらどのような写真が出来上がるのか、撮影する際にある程度イメージできてしまうことはないのだろうか。
photo: Mikiko Hara 写真集『Photopaper 44/45』より

「イコンタというフィルムカメラで撮影をしているんですが、意外とどう写っているかは予測できないんですよ。なんせ、デジタル写真とは違って、すぐに撮影した写真を見れないので、どんな写真になっているか現像が上がってみないと分かりません。撮影した時は、何となくこの人は写っているくらいには思っていたのに、現像したものを見たらフレームから全然外れていたりだとか。逆に、こんなの撮ったかな?というように撮影したかどうか覚えていない写真もあります」

原の写真には、瞬きをしたときに目の端に一瞬写って、決して思い出されることのない普遍的な瞬間が切り取られている。

撮影した明確な意図もなく、撮影者の記憶にすら残っていない写真というのは一体何を指し示しているのだろうか。また、20年以上という長い作家活動の中で、写真を撮影し続ける動機は何なのか聞いてみた。

「写真の専門学校で写真を撮る訓練をして、写真を撮り続けているのは、スナップショットを撮らずにはいられなくなってしまっているという業を感じています。以前に、誰かが『写真は問いを生む』と言っていたのを覚えていますが、そういう禅問答をやっているような感覚がずっとあって、なぜ写真を撮っているのか、未だに明確な答えはありません」

特別なことが起きている、いわゆる撮影したくなるような瞬間ではない風景を切りとった原の写真を見ていると、そういう何も起こらない普遍的な日常の尊さを表す祝福のような、あるいは詩のような純粋さを感じさせられる。
photo: Mikiko Hara 写真集『Photopaper 44/45』より

2014年以降に撮影されたシリーズ「Kyrie」は実際に祈りという意味が込められている。 写真は「かつてそこにあった」という事象を物質化したものであると同時に、撮影者が「かつてそこにいた」という事象も物質化したものといえるだろう。

私たちが見ている「いまここ」の現実を電子データ化することはできても物質化することはできないし、私たちは自身の全身像を鏡を通さずに確認することもできず、この目に見えている現実は常に不確実性を伴っている。

しかし、原のようにカメラを自分の第三の目、つまり、身体の延長線上にあるものとして活躍させ実際に自分が目にしていないその周りにあった風景を切り取ることは「私がかつてそこにいた」という事実を強化させるような行為といえるのではないだろうか。
photo: Mikiko Hara 写真集『Photopaper 44/45』より

原が写真を撮影し続けるのは、そのように自身の存在を確かめたいという人間の根本的な欲求の表れのように思う。

現実が架空の映像表現を超えるような昨今の状況で、普遍的な風景を撮影し続ける原の作家活動は今後ますます、尊く貴重なものになっていくはずだ。そして、原の作品を鑑賞するときに、私たちは何ともない日常の風景を顧み、その余韻に浸ることだろう。


原美樹子

1967年、富山県生まれ。慶應義塾大学文学部卒。東京綜合写真専門学校第二学科および、同校研究科卒業。1996年の初個展「Is As It」以降、国内外の個展やグループ展で作品を発表。2017年、第42回木村伊兵衛写真賞受賞。2019年にはニューヨークで個展「Kyrie」を開催、また横浜市民ギャラリーで開催された「対話のあとさき」に多数の新作を出品した。写真集に『Hysteric Thirteen: Hara Mikiko』(2005)、『These are Days』(2014)、『Change』(2016)『Photopaper 44/45』(2019)。J・ポール・ゲティ美術館、サンフランシスコ近代美術館、シカゴ美術館、東京都写真美術館等に作品が収蔵されている。

写真集『Photopaper 44/45』


《Photopaper》は、ドイツのカッセル・フォトブック・フェスティヴァルを運営する非営利組織によって、年間購読形式の定期刊行物として2016年から刊行が開始されているカジュアルな作りのモノグラフの写真集シリーズ。『Photopaper 44/45』は原美樹子の最新シリーズ《Kyrie》からの作品31点を収録した1冊。2014年から2018年までに撮影された写真を通して、1969年のデビューから一貫してスナップショットの手法を継続している作家の、静かな変化と新たな奥行きを感じることができる。

発売:2019年10月20日
総頁数:32ページ/収録写真:カラ-、31点/体裁:A4判変型(290 x 210 mm)、中綴じ
出版元:カッセル・フォトブック・フェスティヴァル(ドイツ)/国内発売元:Osiris
定価:2,100円+税

>国内発売元の「Osiris」では現在入荷分は完売中。再入荷の際のお知らせを希望の方は、Osiris公式サイトのメールアドレスにご連絡ください。

 

江間柚貴子

2015年、東京綜合写真専門学校卒業。卒業以降は、東京都内のギャラリーで個展を開催し、写真作家として活動を行う。TOKYO FRONTLINE PHOTO AWARD 2016 ホンマタカシ賞受賞。2019年1月から1年間、神保町にあるギャラリーThe Whiteの有志による連載The White Reportにて、展覧会のレビューを行うなど、作品発表以外にも活動の場を拡げている。
 

あわせて読みたい

【岩根愛インタビュー】がむしゃらに走り続けた12年間の軌跡―今ここにいることの意味―

静かなる革命 インベカヲリ★という星型多面体


STORY TELLER / 写真家達の物語 vol.37

フォトディレクターの推し写真集

まちスナ日和