自分の「基準」を選び取る重要性
フォトコンPPC vol.116 総評


「PHaT PHOTO」の人気コンテストPPC。vol.116の総評をWebでもご紹介。
撮る写真家、観る写真評論家。写真に関する視点が違う審査員が集まった今回。
変わりゆく写真業界のなかで「基準」の重要性について話がおよびました。

<今回の審査員>飯沢耕太郎(左)、舞山秀一(右)、テラウチマサト(中央)

色の基準が変わった現代

飯沢 写真のデジタル化以降、色を自由にいじれるようになって、「どの色味を基準にするのか」がわかりづらくなってきているんですよね。

かなり極端に色味を変えることもできて、肌の色とか緑の色とかが、僕らのように銀塩写真の時代から写真を見続けている人にとってはかなり不自然な色に見える。それをどう考えていくのかが、重要になってきているような気がして。

テラウチ フィルム時代は、空や紅葉にも「基準の色」がありました。たしかに、今はその「基準」が変わってきている気がします。

飯沢 ただ、いろんな審査をする中で、色味の極端なブレはここ数年ちょっと減ってきて、ナチュラルな印象の色に戻ってきている。今は、その「基準の揺り戻し」の時期に来ているのかもしれませんね。

撮影する側の基準、見る側の基準

テラウチ 写真技術の進化の中で「基準とは何か?」と思った時、その基準を決めるのが写真家の仕事なんじゃないかなと僕は思っています。作品全体から伝わってくるイメージを考えた時、自分の基準を自分で決めるのが写真家として意味のある姿勢だろうと。

飯沢 撮影する側の基準はもちろんありますよね。一方で、見る側の立場だと、僕らの世代の色味の基準はやはり銀塩カラープリントの色の出方だと思うんです。ただ、このデジタル時代に銀塩カラープリントの基準は伝わらなくなってきている。

デジタル写真は視覚的な効果をより強調するような色味になりますが、それは僕らの世代からするとちょっと違和感があって。それが目につくと、写真が非常によくても色の違和感のところで引っかかって選べないというジレンマを抱えている。時代に合わせて自分の基準も変えるべきなのか、これまでの自分の基準にこだわるべきなのか、悩むんです。

でもこれは撮影者と僕のような見る人の間の対話だと思うんですけどね。だから、僕ははっきり「不自然だ」って言っていいと思っています。お互いの主張をしつつ、その対話の中で「いい写真だな」と感じることができたらいいかなと。

自分が何を選択するのか

舞山 撮る側の視点だと、色味に関してはアンダーでもオーバーでも、その理由が写真の中に存在すればOKだと僕は思います。

飯沢 必然性っていうことだよね。

舞山 そうです。最近、コンテストの審査をさせてもらえる機会が増えてきたのですが、最初、iPhoneで撮った写真は個人的にNGだったんです。でも撮影のタイミングや、写真として必要な要素が「iPhoneで撮ったからこそ」なのであればありだなと。ちょっと基準が変わったんですよね。

飯沢 今の人たちは、デジタル化以降だから、舞山さんやテラウチさんのように今までの経験値から「この方法」と判断するというより、前提として「なんでもできる」という選択肢として選べるわけでしょ。じゃあ何を選択するのかというところで、絶対的な基準を自分でつくりにくいですよね。

テラウチ だからこそ、優れた作家になるために「基準をつくる」のが必要で、それが仕事になっているんじゃないかなと思います。

今だと彩度が高かったり、露出がオーバーの写真が多くて、これからはきっと飯沢さんが仰った「揺り戻し」もある。その中で自分の基準をつくっていく。誰でも何でもできるからこそ、自分が何を選択するのか、ですよね。

飯沢 まさにそこなんですよ。だから僕も「じゃあこうしなさい」とかは簡単に言えないんです。撮る人ひとりひとりが、きちんと選びとることを問われていると思いますよ。

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